シワハイルカの座礁
2008年 05月 29日
本日早朝、体長約2.5mのイルカが一頭、島の南側漁港から約1k東にストランディング(主に海洋生物の座礁を云う)した。研究員の方の話によると、シワハイルカだろうとのことだった。
この個体は昨日から近くの漁港に迷い込んでいる。理由はわからない。見た限りでは、漁港内をかなりのスピードで泳ぎまわっていて、明らかに弱っている様子ではなかったが・・・。昼過ぎまで見守った後自宅に帰り、友人から夕方になって、爬龍船の練習に出るサバニに着いて港から湾内出口あたりまで出たとの話を聞いて、胸を撫で下ろしていた折の今日の朝の電話だった。電話によると、かなり苦しそうな状態だという。無精ひげのまま毛布代わりのタオル数枚とスキン装備を投げ込み車を飛ばして10分で現場に到着する。まだ歯も磨いていない。
既に消防、役場、知人、記者、研究員の方々合わせて数人が、バケツリレーで海水を汲み上げ、タオルで巻いたイルカの皮膚に流し続けている。呼吸間隔は27秒、これが疲労、異常を意味するかは残念ながら自分にはわからない。尾びれと頭部付近に座礁時の傷だろうか、出血が見られるが、大きな傷ではなかった。瀕死、であればもう自分にできることはそれほど残されていない、ユニックの手配を見守るくらいだ。幸い、消耗はしているが大丈夫、しかし時間はあまりあるとは思えない。周りの状況を確認する、水際まで30m、そこまでは大人数人で運べる、そしてリーフ内を300m抜ければ外海に出られる。しかし幸か不幸か南風で、島の南側のこの浜にも強い風が吹きつけ、リーフには高い波が立っていた。かなり危険な波の高さだ。そして今干潮過ぎ・・・正直分が悪い・・・時間は無く、研究員と状況と救出手順を確認しながら数人のダイバー、知己に連絡をとるが今日はあいにくの平日、人手は無かった。
最短でこの状況を解決できる、ここの砂浜まで乗り上げで、イルカを載せて1k先の沖まで搬送してリリースするインフレータブルボートと船外機は、残念だが当分の間準備できそうにない。このサイズの鯨類であれば、鰭で叩かれても致命傷にはならないので、数名のスキンダイバーでリーフ外まで連れ出すことも視野には入るが、リーフ際の波はかなり高く、人に被害が起きる可能性が極めて高かった。そしてこの浜は、数年前にイタチザメが体長5m弱の2頭の消耗したイルカを追って、水深1mの場所で最後の一撃を加えた場所でもある。つまり、同じ状況は考えられないわけではない。外洋性の生物は、一度見つけたチャンスをそうは逃さないだろう。
そんな事が一瞬頭をよぎりながらも傷を確認する。尾びれと頭部からは、微量ではあるが出血がある・・・打ち上げられたこのままではバケツで海水を浴びせ続けたところで1日はもたないだろう、万全の手順を踏んで夕方、でも衰弱して外海には耐えられない可能性がある。私は数分考え、シーカヤックで搬送することにし、現場に残る人に自分のバディとなるあと1名のスキンダイバーと、近くの漁港へ船の手配をお願いして自宅に戻ってカヤックを積み込み、大急ぎでとってかえした。浜に戻る車中で、自分がツーリングカヤックではなく、幅の広い小さなシングルのシットオンのカヤックをもっていた幸運に感謝していた。幅が狭く、横転したら容易には戻せないツーリングタイプでは、根本から計画が狂う。幅広の、浮力のあるコンパクトなシットオンカヤックだからこそ、水上の担架となるからだ。問題はスキンダイバーがもう一人揃うか・・・この向かい風と波であのリーフを一人でシーカヤックに載せたイルカを転覆させずに搬送する事はとても難しい。たぶん僕の力では無理だろう。
浜に着いた。ダイバーは揃わなかった。しかし、隣の漁港で沖に出す船を出してくれるという。急いでカヤックにイルカを載せ、固定する。スキン装備で港に搬送開始だ。向かい風のため、たった1k弱の港が遥かに遠い・・・・。波をかぶってイルカが苦しそうに身をよじる。噴気孔がブルーシートに時折邪魔されるのだ。転覆してロープに絡まって暴れたらもう、助けるすべはない。オールで進むことをあきらめ、中に入ってカヤックのイルカを支えながら泳いだ・・・遠い。いつの間にか、イルカに向かって罵声に近い言葉を発し続ける。「オイ、息しろっての!。」、「はぁぁーい、水かけようねぇぇ~。」、「ったくよぉ・・・これ、ボランティアって知ってる? なぁおい、めっちゃ怖いんですけど。」・・・・・ぶつぶつ・・・。
やっと港に着いたら、心ある船長が船を待機してくれていた。カヤックを横付けして固定し、ゆっくりと真沖に向かう。どちらに進んでも島には港もあれば、リーフもあり、そして浜がある。陸地に近いことが、彼らの感覚を何かしら鈍らせているのであれば、可能な限り沖に出るしかない。港を出ると、波は更に高くなる。大人4人で転覆しそうなカヤックを数十分支えながらの航海だ。目標は水深30m以上の障害物の無い外洋。
「よし! いいよ、とう!!(沖縄の方言で止まれ、あるいはOKなど用法多数)。」
皆の握力がそろそろ天井近くまで来た頃、船長から合図が来た。ロープを切断し、一瞬の躊躇ののち、海へと放す・・・・視線が集中する。
数瞬後・・・・幾分よわっているが、確かなフィンキックのあと、彼は船から離れ去った。そして歓声ではなく、安堵のため息が船上に満ちたのだった。歓声はありえない、これから群れに合流出来るかが、彼の生死を分ける。そしてそれはとても危険で、困難なことだ。更に明日、いや、今日の夕方これと同様のことが起きたとき、いまと同じ救助体制は私たちにもできないだろう事を、全員が声に出さずともわかっている。数分彼のブローと進行方向が沖であることを皆で確認し、現場を後にした。
生きろ。
ここからは余談です。さて・・・・おれ、迷いクジラに縁でもあるのか・・・・・?、と疑いたくなるような自分ですが今年、ここ久米島でストランディングが今後も多く発生する可能性があることを研究員から伺いました。まだまだ調査途中だから詳しくここでお話はできないのだけれど、意外にも久米島近海を通過する黒潮のある意味「質の良さ」が一因の可能性があるそうです。今年になってこの時期異常なペースで釣れている本マグロも関係しているかもしれません。ちょうど彼らの繁殖シーズンが今だからです。ちなみに本マグロは世界中で枯渇しています。沖縄本島付近の黒潮部分に彼らが追われて集中し、歯クジラが通常より多く集まってきているかもしれないのです。自分はこの可能性は十分にありえると思います。そして、それに備えます。
今回は久米島ホタルの会事務局の佐藤夫妻、琉球新報盛長容子通信員、久米島町役場、ならびに消防署、そして儀間漁港の海人、近隣のボランティアの方々、多数の方々に力添えを頂き、イルカを外に還すことができました。加えて貴重な助言、情報もいただきました。この場を借りて、深くお礼申し上げます。
-使用画像・情報提供- 久米島ホタルの会事務局
ありがとう!
たった一つの命だけど、一つしかない命だから、
「生きろ」これを言えるのはアツオ君はじめとする皆さんだけ!オイラは、その皆さんに「ありがとう!」と、イルカに「生きて!」と言わせて貰うよ。
テレビなんかでは、よく見る話だけど
いざ自分が、この場面に遭遇したら、ただの野次馬でいるかもしれない。
ほんとうに、あつおくんの様に、命を救おうと動く事ができるだろうか?
考えさせられました。
すごい事をしたね。
もうこんな体験は、しなくてすむと良いね。
様々な要因がありますが、ストランディングは今後も間違いなく続き、そして必ず事故も起こります。
迅速に動ける組織を維持したまま、予算を極限まで使わず、更に安全性を向上しなければ、救出できる対象は極めて狭いものになります。実は現場よりこちらのほうで結果はほぼ決まってしまっています。
ダイビングも非常によく似ていますし、こういった事例は、最終的に人間の安全に生かされるべきものだと思います。2.5mの鯨類を搬送できるのなら、当然人間だってできます。都会のど真ん中でも、年に1回だけAEDとCPR講習をすれば、もっと楽に安全に人命も救えるはずですから。
今現在、再度のストランディングの情報はありません。
今のところ、大丈夫です。
以前書かれた2頭のオウギハクジラのお話と
マダライルカの仔のお話を改めて読み返しました。
毎回、色々なことを考えさせられます。
いつも思うのは人間の在り方について。
人間とは本当に多面性を持った生き物であると云うこと。
その多面性が、野性と野性の反対にあるものを両軸に振れ幅が大きいこと。
そして行き着くところ思い知るのが絶対にブレない野生の存在。
そして野生とコンタクトを取っている時の君にも
ブレがないところに、いつもニヤリとしてしまうのです。
良速さん:そういわれて自分も読み返してみました。本当に人間というのは振り幅の大きな生き物なのだなぁというのが率直な感想、あと、オウギハクジラの肉を夜中に切取りに行った島人は、やっぱすげぇや(笑)。
実は今回のときもその話題は出ていて、みんな同意でした。
厳しい現実があるのは確かでしょうが、生き抜いてほしいですね。