カテゴリ:クジラ・イルカ( 26 )
-桜(独唱)のサビにのせて、鯨-

南風の日が少しづつ増えてきた久米島です。
もう三月も下旬。かれこれ十年来、この季節に海に出ると、僕の頭の中でヘビーローテーションする歌。

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-桜(独唱)のサビにのせて、鯨-
くじら くじら 今、帰りだす
親子とうた歌いだけを残し
さらば友よ 旅立ちの刻 変わらないその想いを 今

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by color-code | 2017-03-18 13:40 | クジラ・イルカ | Comments(0)
クジラ来た

ザトウクジラ、ダイビングサイトまでようやく来ました! 水温も1月上旬まで高かったし、お隣の慶良間もそこまでまだ盛り上がっていないようだし、気にかかってたんですよね。早い時で年末、だいたいは正月連休明け~成人式の間で近海にやってくるので、今期はちょっと遅れるのかなと思っていましたが、2週間遅れで無事に、お帰り!


樹木状、と形容されるザトウクジラのブローの霧。年初めのファーストブローは何十年繰り返してもなお、初めての時と同じ、新鮮なままです。

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インリーフを出たところからトンバラまでの周辺で今日は4頭。そのうち親子が一組でした。

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初物の縁起物、ということで、ダイビングはお休み、船長さんにお願いしてザトウクジラ歓迎会に変更していただきました。ありがとうございますm(__)m
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予報は真冬の一番寒い時、な感じでしたが気持ちよく晴れ、思ったより波も上がらず、ほのぼのと楽しい、いいホエールウォッチングでした。

いよいよ冬の久米島が本番です。

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by color-code | 2017-01-22 14:33 | クジラ・イルカ | Comments(0)
冬の空
めずらしく小春日和が数日続く久米島です。こんな冬の日の空が夏の空と同じくらい好き。雲に立体感があって、空の色は夏より鮮やかじゃないけれど、重厚感があって鯨といい感じに合うんです。
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今季としては珍しく島まわりに来ていたザトウクジラ達。ゆっくりとブローを繰り返しながらのんびり泳いでいました。彼らとは最近、このくらいのお互い我関せず的な距離感が僕にはちょうどいいかも。
ザトウクジラはこのように垂直に樹木状に立ち上がる特徴的なブローをします。太陽の角度によってはこのブローに美しい虹がかかります。今年はあと何回会えるかなぁ。

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by color-code | 2016-03-02 17:21 | クジラ・イルカ | Comments(0)
今年の鯨
今年は夏と冬が交互に、しかも激しくやってくる年で、特に「冬」の方には相当やられています。気温が13度(海上体感では2.3度)や波が5mとか風速が18mとか…。
そんなわけで鯨がよく回遊してくる久米島の南側沖合のトンバラから渡名喜島につづく海中の曽根までの海域になかなか行けないのが実情です。

今日は今年としては本当に珍しく、ホエールウォッチング日和でした。ゆるい北東の風、ちょっと雲のある晴れ、気温16度。最高です。
久米島と渡名喜島の間の海域にはザトウクジラがもう数珠つなぎのように見える時もありました。20頭くらいいたのではないでしょうか。

その中でも楽しかったのがオキゴンドウとザトウクジラが一緒に戯れてるシーン。
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これをかれこれ2時間以上もしていたんですよ。一体何をしているかは彼らにしかわからないのですが、この組み合わせ、割とあります。同族なので気が合うところもあるのでしょうかね。

ちょっと心配していましたが、頭数は例年通り、いやむしろほかの海域と同様、増えているのかもという事が体感できたよい1日でした。

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by color-code | 2016-02-18 17:26 | クジラ・イルカ | Comments(2)
冬の久米島
久米の海は冬の大物シーズンの本番を迎えています。水温は例年と比べて2度弱低く、21度ほど。充分な防寒が必要ですが、マンタ、ハンマー共に好調。
ダイビングの行き帰りではザトウクジラ達。時間や海域の制約がある中で、合間に楽しむホエールウォッチングですが、彼らが寒さを忘れさせてくれますし、僕はこのスタイルのほうが性に合っているように思います。
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いつまで経っても1キロ先にあがるブローだけで嬉しいクジラ。3月まで沢山の来島者の皆さんと、島人を楽しませてくれることでしょう。

トンバラの潮もここのところ好調。イソマグロにグルクンの壁がデフォルトです。写真は取り逃しましたがハンマーも順調ですよ。
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ホエールウォッチングやホエールスイムについての僕の考えはこちらに書いた通りなのですが、今回はじめての経験がありました。非常に落ち着いた状態の親子クジラを観察していて、あまり動きもなかったので少し離れたところで船のエンジンを切ってプカプカしていたところ、子クジラがいきなり船の横に浮上して船べりにそのまま身体をすりすり。ゴツンゴツンやりだしたんです。子供といっても5メートルはありますから、船のまわりは波も立つし、船も揺れるわ、結構びっくりしました。いつも母親は子供の息継ぎのサポートをしているのですが、この船体を間違えたりしているのかなぁ。そんな想像が頭をよぎった瞬間今度はお母さん、真下からドォォーン。船ちょっと浮いた(笑)。慌てて子供を連れに来たんでしょうかね。

その時に試しに水面にカメラ入れてみたらもう、近すぎて全然入り切りませんでした、まぁそうですよね。自分にとっては初めての経験だったので調べてみたら、結構他の海域でもあるみたいです。
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子供の好奇心の強さや向こう見ずなところは彼らクジラ達も一緒ですね。逆に自分たちからしたらお母さんクジラに怒られなくてよかったです。
ちなみに子クジラは水中で怒られたのか、その後結構長い時間水中を移動して、次の浮上はすっごく遠いところでした。遠くで上がる2本のブロー。「さぁさぁ、早くいくよ!」とでもお母さんクジラが言っているような雰囲気で微笑ましかった。

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by color-code | 2015-02-13 14:34 | クジラ・イルカ | Comments(0)
僕が鯨から学んだこと
あなたが近くにいることを、僕は知っている。
ふとしたときに。なにげなく感じ、不安に震えながら、それでもこの感覚を信じている。
遠い、近い、はもう必要ない。それを鯨達から学んだ。
いつだったか。彼らが確信へと変えた。

冬の久米の海には鯨がいる。それでいい。
同じ海に居て、そしてこの世界で生きていることを、心からうれしく、いとおしく思う。
厳しい日々。つらいことや身悶える思いが続いたとき。それでも耐えることができる。

近さとは、距離じゃない。伝わっている。
近さとは、もっと果てなく広いものだ。
あなた方から、僕はとても大切な事を学んだ。


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僕の鯨との出会いは20年以上前、グアムでイルカの群れを見たことが始まりだ。ダイビングの移動中の、幸運な出来事だった。初めての海外ダイビングに勇んで買った往年の水中カメラ「潜るんです」には数十頭の群れが不出来ながらも映り込んでいて、サービスサイズにプリントしてよく眺めていた。そして今から十数年ほど前になるだろうか。ザトウクジラに出会ってから、鯨に恋い焦がれた。少し狂った、といってもいい。
それ以来、カメラマンやスキルの高い、休日の取りやすい、言ってみれば選ばれた人々達にだけ、この体験が独占されていることに軽い憤りのようなものも覚えたし、それを様々な形で行動に移したりした。
本当に様々なことがあった。果てしない自分の欲と葛藤もした。今もしている。すべて素晴らしい体験だ。時がながれて、ザトウクジラの画像と動画は今、世界中にあふれている。しかし人生を変えてしまいかねない出会いの衝撃は今も変わらぬままだ。

現在、僕は積極的にザトウクジラを追うということをできる事ならしないようにしている。
断っておくけれども、鯨を見飽きる、ということはこれからもない。そんな人が居るのだろうか? とさえ思っている。それほどまでに魅力のある生物だ。
だからどうか、それだけ見続ければ、島に居ればもう満足だよな? という非難については少し待ってほしい。
自分でもいまだに遥か数キロ先のブローを見ただけで胸の高鳴りを抑えられない。ではなぜそうなったのかについて、僕が彼らから学んだ重要な出来事を話します。

きっかけ、それは今から10年ほど前のホエールウォッチングでの出来事にさかのぼる。その時は気づかなかったけれど、そこから始まっていた。
僕はそのころ水中での鯨、というものに憑りつかれていて、積極的にザトウクジラにアプローチしていた。泳ぐ彼らに併走し、場合によっては進行方向に進入して急停船したりもした。出来る限り近くで、そして水中で見ることによって何かを得られると思っていたし、事実得た。もちろん、その記録を撮ることに強烈な執着もあった。情熱というよりは執念に近い感情といってもいい。
今だから言えるけれど、僕の乗ったその船を周りからみたら、まるで黒々とした欲望の塊が移動しているように見えただろう。今でもそうした船はたまに洋上で見かける。これは既に生物と触れ合い、観察する船ではなく、写欲と接近欲が燃え上がる、鯨を狩る何かしらの塊になっているので、なんというかもはや船の形をしていない。乗船している人間からはわからないけれど、傍から見れば大半の人間がそう感じる事なのでそれは仕方ない。実際のところ、ホエールウォッチング船は鯨の大部分の生活上において、邪魔でうるさく、やっかいで何らかの危険性を孕んでいる。だからこそ僕達サービス提供側は、興奮の中にあってもその視点を捨てるべきではないし、その痛い一面に開き直ったり、居直ることは今後のウオッチングシ-ンの発展にも寄与しないはずだ。更にこれを人間的関係性に置き換えて鯨との語らいであるとか、許してくれた、という方向にもっていくのは暴力に近いし危険だと最近は考えているので、この点については常に自覚的でありたいと思う。もちろん僕も意志の弱い欲のある人間だから、しばしばこの暗黒面に囚われる。願わくばフォースとともにあらんことを。

さて、その時のウォッチング(という名の狩り)は幸運なことに、数名のダイバーの方々と一緒に数十秒のホエールスイム達成という最高のかたちとなった。数m先の水面付近をを10mオーバーのザトウクジラがゆったりと通り過ぎる、絶好のシチュエーションだった。
ボートに上がってきたゲストの興奮と達成感に満ちた笑顔たるや、これはとても言葉で語りつくせない。ただ一人のゲストをのぞいて。その人は上がってきてからも、明らかになんというか、表情もなく、きょとん、としていたのだ。不思議に思って話しかけた僕にそのゲストは衝撃的な言葉を返す。「鯨はどこにいたんですか?」
彼女には鯨が見えなかったのだ。僕の隣にいたのでフィンの泡で視界がふさがっていることも、視力が悪いわけでも、初めての海なわけでもない。しかし事実見えなかった。彼女の生きる世界では、鯨は目の前から忽然と姿を消していた。僕はまったく訳がわからなくなって、その時、この興奮を共有できなくて不満だ、というとても独りよがりな感情すら持った。
この出来事はある考えを始めるきっかけとなった。本当はもう少し冷静になってこのことを考え続けていれば、もっとずっと早く気づけたはずだった。

それから数年時がながれ、それをはっきり意識させるいくつかの体験をした。その頃から僕はホエールウォッチング時にはできるだけエンジンを切り、ただ水面上のロープか梯子につかまり、鯨を待つ。という方法を試していた。彼らが近づくか、離れるか、について選択権は彼らにある方がいい。それを実践する為に必要なことと考えたからだ。エンジンをかけて船を走らせて追い、併走したり進路上に入るわけではないので大きく成功率は下がるが、その手法でいくつかの素晴らしい出会いを体験した。
今現在も、僕は観察時、特に接近時にはエンジンを切る事を望んでいる。ちいさな、陸上でしか生きられない私たちが、機械の手を借りず、波と風の音だけで漂う。彼らと同じ海の広さを感じるには、これは必要なことであり、他の更に有効な手段は今のところない。そしていつも探している。

さらに時は経ち、彼らの感覚が自分が想像するよりはるかに高いことを知った。それは水中に集音マイクを入れ、有名な彼らのソングを皆で聞いていたときのことだ。その時観察していた2頭のザトウクジラは数百m以内、おそらく150m以内の水深数十m付近にいて歌を歌っていた。ブロー間隔は数分と短い。ただし透明度は10~15mたらずなので、やみくもに入って水面に居てもまったく見えないといっていい(シュノーケリングで潜降して探す方法はある。しかし様々な理由からそれはこの状態ですべきではない)。逆に彼らが水中からこの船を見上げていたとしても、本当に真下付近からでなければ見えないだろう。そんな状況だった。僕はふと思いついて、ゲストの一人に梯子からゆっくりと足を入れ、そのあと掴まったまま水中を覗いてくれないか、と頼んだ。快く応じてくれたゲストが下半身を海中につけて海を覗いたその時、変化は起こった。
集音マイクから聞こえていた歌声に突然、「...?」 というある種の感情を持ったわずかな間が入ったのだ。その間のあと、すこしためらいがちな調子が続き、そして歌はゲストが身体を水に浸ける前とは明らかに調子を変えて歌われだした。更にしばらくして、ゲストがボートに上がってしばらくの後、歌は以前のものに戻ったのだ。彼らには僕たちがすべて見えていた。人間ひとりが静かに身を沈めた。その些細なことをすべて感じ取っていた。おそらく多くの音が聞こえてもいただろう。知らなかったのは僕たち人間のほうだったのだ。風と波音だけが響く洋上。甲板下に広がる海の巨大さと歌の力強さ。知られ、感じ取られていることへの安堵感と恐怖。時間と距離が海に浮かぶ船の上、ぐにゃりとうねった。

この事が、昔数mの近さまでザトウクジラに近づき、そして見なかったというあの女性ゲストとの事をようやく繋げた。今まで僕は彼らを執拗に追い、ルールやマナー、といった人間の都合に付き合い葛藤しながら、彼らが接近を(状況的に大丈夫だと)許してくれた、ということを、とても人間的に解釈し、結果近づき、その巨きさに、瞳に感動し、焦がれ、少しだけ狂った。
彼らがいままでずっと、様々な出来事を通じて強く示唆していたことは、実はそうした過程を経た体験からは得難いものだったのではないだろうか。少なくとも近い、遠い、は物理的な長さや時間、大きさや数字ではないという、ものすごく当たり前のことだが大切なことを、彼らは普通に、ただただ、生きることで示していたのだ。それに気づいたとき、電撃に打たれた。目の前にあったのに、今まで僕は見る気がなかった。今はこれをはっきりと感じ取ることができる。

十数年間を通して彼らから僕が学んだ多くのことのひとつです。そして大げさではなく、まるで無刀、といった奥義の一端にも通ずるようなことを、ただただ生きてそこに居るだけで示していたことに、ある種の恩義を感じてもいます。僕は多くの事を受け入れる準備が無いし、まだまだ偏見に満ちているから、果たして蟻や鳥からこれを学べたかどうか、まったく自信がない。ただ彼らとの関係性を、こちらの都合だけではなく、もっと豊かなものへと変えていけたら素晴らしいなと願う。そしてこれは教えてくれた鯨には申し訳ないけれど、これはまず、人とこそ分かち合うものだ。
冬のこのシーズン、島を訪れ、鯨を観察する機会に恵まれた方々へ。そして僕自身へ。できることなら抑えがたい欲望をコントロールする冷静な情熱をもって、波と風、水中の無数の生物のささやきと共に、彼らを感じていきたい。いこうよ。
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by color-code | 2014-02-13 13:10 | クジラ・イルカ | Comments(0)
ザトウクジラのいる風景
小春日和の凪。遠く南の沖にトンバラを望む島の北側で、島人がのんびり釣り糸を垂れている。
そのすぐ数十メートルの沖合を、数頭のザトウクジラがゆっくりと通っていった。
ゆったりとした波音のなか、ブローの息遣いが百メートルほど離れたこちらまで響いてくる。
小舟は小さな錨をおろしたまま、島人は相変わらず釣り糸を垂れたままだ。
クジラ達は、影絵のように舞台の袖へとゆっくり沈んでいった。

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今期のザトウクジラで一番のお気に入り。

僕としてはこの小舟に乗った島人の境地を一度でいいから見てみたい。だってかっこよすぎるではないか。
「俺はお前を邪魔したりはしない。好きに通れ。俺も好きに釣る。」...みたいな! 気づいていなかったらなおさらいい!

好きなことをして、好きに生きて、そして周りの好きを邪魔しない。でも風景に溶け込む平凡さ、まさにこれ、THIS IS IT! ってやつですよ。

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by color-code | 2012-03-25 20:20 | クジラ・イルカ | Comments(2)
ザトウクジラの来る海に入ること
今期のクジラもとっても面白かったです。例年に比べて沿岸にやってくるのが遅れましたが、まだまだ多数の個体が久米島近海に居ますので、今後も充分にチャンスはあるでしょう。今季の久米島のクジラは少ない、という噂もありますが、それは個体数というよりは、ダイバー、人間側から見た成果、といった側面からの少ないであって、クジラは年々、増えていると思いますよ、確実に。とにかく色々考え、叫んで、睡魔と闘って、クジラに心の中でこのやろーと何度も悪態ついて、失敗して、あたらしいことをまた試して、憤慨することも沢山あって、でもやっぱり、来年へと持ち越しです。

ちょっと早いですが今季のクジラのまとめ的報告なので、少々突っ込んだ話をします。これだけ巨大で信じがたい生物だと、マーケティングに始まって、入るお金から、ゲストが求める成果から、倫理感やうずまく個人の葛藤やら、ものすごくドロッドロになるところが多々あります。命の重さはその大小では量れないっていいますが、自分達を遥かに凌ぐ大きな体躯を手に入れた生物。サメやゾウ、サイやライオンだって。それって興奮するし、わくわくする。僕はやっぱり蟻と鯨とを、同様に感じ、接することは無理です。シコンハタタテハゼとハゲブダイを同じように喜ぶことも出来ません。だからどうしても欲が止まらない。このような様々な欲をコントロールし、ゲストの方々とも共有しながら皆で楽しむ。とても難しいですし、まだまだ自分は入口のドアの前に立ったばかりです。

例えばザトウクジラなどへの水中での観察、撮影に関して言えば、状況によってはそんなことを悩むまでもなく、海に出たらほどなくして居て、わーいわーいで近づいたらメチャクチャフレンドリーな感じ(あくまでこちら側人間の主観ですが)で、面白すぎて1時間遊んでもらった、という事もあります。しかしそんな好条件が続くわけはないですし、人間の都合、例えばゲストの混雑具合や日本の連休制度が天候やクジラの気分と連動するわけはないので、ちょっと無理をせざるを得ないことがあります、そして当然ですが、そんな時のほうが多いのです。そんな時はちょっと足の遅い、あるいはリラックスしたクジラを追って、ボートでグィーンって切り込んで入っちゃえば、数秒は見れるし、撮れるんですよ、うまくやれば可能なんです。同様にタンク担いでドーンって入って気合いれて追うか、うまく船上と連携してドリフトすれば映像を残すことは不可能ではないです。断っておきますがその状況を作る為にはオペレーション側に大変な努力と根気と経験とコストが必要です、勿論ゲストにも。ここは話すと長くなるのでやめますが、とにかくいわゆる割のいい話、とは真逆のものです。

でもこういった行動を海でしているところを他船から風景として見ると、意外にも乗員全員、唖然とするくらいのヴァイオレンスなハードアタックに見えるんですよね。どこぞの団体がすっ飛んでくるくらいの狩りの光景程度には見えます。もはや船ではなく、感情と欲望の塊が突撃してる感じですね。自分だって、他から見たらきっとそうでしょう。ここがクジラの魔力の恐ろしさです。ホエールウォッチングについては各島、様々な考え方がありますし、なんといっても極論クジラはそんなことはなにも気にかけていない可能性もありますから、ここのところは難しいです、人間性や顧客の満足度、環境保護の観点だけでは語れないところがあります。イルカを含め、鯨類に関しては、様々な感情と問題の集約点がまさにここで、そしてとても深い谷です。

話を少し進めます。ガイドがブリーフィングで、このポイントには○○が居て、そのほかには○○と、もしかしたら○○をお見せ出来るかも...というのは当然いくつかの偶然と幸運を願ったうえでの演出なのですが、クジラやイルカの観察時に、「今から思えばあのときのクジラのあの行動は、僕達を受け入れてくれたからこそじゃないか。」というのも同じことで、言ってしまえば別に追っかけて入らなければ、彼等は彼等で楽しくやってるわけで、それはこっちの都合なんです。僕等ガイドはその演出で生きているし、それに誇りを持って日々磨こうとしているのですが、それは諸刃の刃でもあって、このようなエンターテイメント性、それは極論、後だしジャンケンと表裏一体です。その刃は僕にも常に向けられているものです。

それだけが理由ではないのですが、僕はクジラについては、「クジラ居ますけど、見ます?」は、数年前から少し減らす方向に舵を切りました。これは僕の心の中の生物の差別でもあります。これから時を経てその生き物の欄、クジラ、がバショウカジキになるかもしれないし、ジンベエザメになるかもしれません。それは変化してゆくものでしょう、ただ現在、そのような並み居る憧れの生物を「○○居るけど、見ます?」ってサービス側から言われて、断れるダイバー、居ますか? と考えたときに、ほとんど居ないじゃないですか、ですよね? これって、確実に成果を得られますが、でも小さな何かをひとつづつ失っていくことです、そして、いつか、限りが訪れる。

様々な積み重ねと研ぎ澄まされた勘があってこそ、の結果ではありますが、別の一面からすればこんなに大きなトピックスですら、後だしジャンケンだともいえます。そしてそれは隠れた暴力的側面を常にもっていることを、出し手、受けて、双方悩み考える時期に来ていると感じています。だって、見たい。それとお金と休暇だけで60億人がクジラ求めたら面白み、大分減りますよ。現に世界中のリゾートはそんな様相を呈してきています。出来ないことを、少しだけ世の中に残すことも真剣に、大いに議論される次期に来たのではないでしょうか。これはその機会を作れるダイバーにこそ与えられた特権でもあります。これは撮影や観察を楽しんで、心に済み印を押すだけで放棄してしまうには少しばかり大きすぎる権利です。

最後に今期、クジラと触れ合って最も嬉しかったこと、鮮烈に心に残ったのは、彼らが歌う歌声だったことを話します。
以前から思っていたことがあります。はじめてザトウクジラと水中で出会った十数年前から漠然と考えていたことです。冬の久米島は透明度が15~20mほどですが、その時、僕が一人漂う洋上水深60メートルの海中、その真下から彼らははっきり僕を見て浮上してきました。 その行動に明確な意思を感じました。そうであるとするなら、船にはしごを掛け、下半身だけを水に入れて海の中を覗き込む。たったそれだけでも実は彼らは数百メートル先、水深数十メートルの中、それを感じ取っているのではないか。それだけではない、船上の足音、ざわめき、人数、性別、感情の波。それまでも感じ取り、私たちを海の底から見ているのではないか。

僕が水中トライについて、エンジンを止め、はしご、あるいはロープに掴まり彼らをただ待つ。という方法を主な手段とするのはそういった理由からです。もしこれが事実で、あるいはそれ以上のことであるなら、眼で見たり、泳いだり、撮ったり、ということは、実は彼らと触れ合う方法の中のほんの一部に過ぎず、更にこの方法でより多くの深い部分を知り合えるかもしれないと考えるからです。先日、それを検証する機会を得ました。水中マイクを入れ、スピーカーから割れるような歌声が響く中、間違いなく数百メートル以内の海中に居るザトウクジラに向かって、いつもやっているとおり、エンジンを止め、はしごからシュノーケラーが水中に入ってみたのです。ゆっくり、ゆっくり。何が起きたと思いますか?

水中に人間が身体を浸けてからわずかに数秒後、突然クジラは歌を止めたのです。

そして数十秒の沈黙と、ん? という風にも聞こえるうなり声の後一転、さきほどと全く違う歌を歌い始めたのです。誰が聞いても間違いなく別だといえる、完全に違う歌を。そしてその数分後、二百メートルほど離れた場所で、クジラはブローをしました。そして人間が船に戻ると、歌は以前の歌に戻りました。この観察は十数名のダイバーが見守る中、二回しましたが結果は一緒でした。彼らは瞬間で人が水に入ったことを感じ取り、歌を止め、そして探るように歌自体を変え、しばらくしてから以前の歌に戻したのです。
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この観察で得られたこと。それは彼らが予想を超えて遥かに注意深く、正確に自分達を把握、観察しているということです。そしてこの結果にとても満足しています。今まで漠然としていた思いはとても明快なものにかわりましたから。

どうかダイバーの皆さん、ホエールウォッチング船に乗る皆さん、わかってください。クジラを見る、とか、撮るとか、近づく、泳ぐ、眼を合わせる…。彼らはそんな人間の諸々の都合の前に、はるか前に、既に私たちを見ています。そして身体のほんの一部が海水に入っただけで、それだけで彼らは人間が自分たちの世界に来たことを瞬時に悟っています。そしてそれを知って海に入った人間は、彼らの姿は見えずとも、きっとあたかも海全体がクジラと同質であるかのような、底知れぬ恐怖に似た感情を抱くはずです。僕はすべてのダイバーの方々に、それを感じて欲しいと願っています。ザトウクジラの来る海に入るということは、そういう事だと思うので。

追っかけて狙って入って仕留めるクジラ、これも確かにいい。ただ、エンジン止めて、ただただ浮いて風に流されて待って、こちらからは全然見えないのに彼等からは完全に把握されている状態で、演出なしであちらから来られる時の鳥肌の立つ感情からしたらもう、比べ物にならないです。確かにどちらも捨てがたい両輪、バランスは常に振れ動きます、でも、せめぎあう必要があると思います。この素晴らしい仕事と、ゲストの皆さんの誇らしい記憶が褪せないように。望むもの、見たいもの、それが一番コントロールしづらい。そちらの面白さのほうに、僕はクジラについては比重をおきたい。

僕の今期の最大の収穫はこれでした。その他諸々、ここで書いた数々の自己矛盾も含め、また多数持ち越しします。でもだからクジラって、やめられないんですよね。それは皆さんもきっとそうでしょう。というわけで、シーズン終盤になりましたが、まだまだチャンスを求めて海へ行きたいです。

今回はザトウクジラの画像を用意できませんでした。何も見えない光の海の中、皆さんの心に、洋上に浮かぶ船上の波音と共にザトウクジラの歌が、一瞬、響いて頂けたら幸いに思います。


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by color-code | 2012-03-21 12:14 | クジラ・イルカ | Comments(4)
ザトウクジラの季節
沖縄でザトウクジラのトップシーズンが幕をあけました。今期はちょっと遅れていますが、徐々に盛り上がってきます。

僕は現在、ダイビングの合間にクジラを探し、海況やクジラの状態がもし良好であるのなら時間をとって観察する、というスタイルで彼等との機会を作っています。海、人のスキルと体調や趣向、なによりクジラの気持ち、これらが噛み合ってのトピックスなので、シーズンを通して両手に満たない機会ではありますが、本当にすばらしい瞬間です。
もし数日という短期間で確実性や成果、ということであれば、ホエールウォッチングに特化したツアーが世界中のサービスで行われていますし、勿論久米島島内でも開催していますので紹介させていただきます。寒さに波風と、なかなか厳しい冬のシーズンではありますが、一目見るとすべて忘れてしまう生物です、やっぱり。

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すこし話を進めて、ガイドとしての魚の紹介や撮影、イルカや鯨、鯨類との、自分なりの関わり方のことなのですが、写真家の水口博也氏が、すごくわかりやすい言葉で伝えてくれていましたので紹介させてください。出会ったのはJALの機内誌、確か昨年のSKYWARDだったと思います。

氏のサイト内のブログの2011.3/28.29の両日にかけて、「写真を撮ること、撮らないこと」「写真を撮る意味」のタイトルで、ほぼ同様の文章が掲載されています。一流のプロカメラマンの言葉ですが、イルカ、クジラ、それだけではなくカメラを手に生物を観察、撮影する人々にとって普遍的で、示唆に富んでいますので、特にフォト派ダイバーの方には是非読んで欲しいと思います。

水口氏は今まで数多の鯨類を映像に収め、これからも収めるでしょうし、そしてそれこそを糧に生きているわけですが、そのような立場の人が、機内誌という媒体で物申すをしていることに本当に驚きましたし、あぁ、爆弾投げてるって感じました。この紙面を読みながら、撮影機材を抱えてドルフィンスイムやホエールスイムに行く人だって沢山いたでしょう。この話にプロ、アマ、の違いは実はないと思います。なぜなら観察され、撮影される側の生物にとってはそれは関係ないから。これを読んだうえで、数出会ってる人はいいな~とか、そんなに上手な映像も撮ってないから関係ないなとか思っちゃう人は、その時点で飛行機のって秘境行っちゃダメでしょ今の時代。そんな気がしませんか。更に言えば、これは私達ダイビングガイドに対する強烈な一撃でもあって、可能性の追求 確率、精度を上げる努力、等々…ガイドがよく使うそんな諸々の物言いをあっさり沈黙させるだけの力があります。

この職にいる以上、今後もこの問題とは付き合い続けていくのですが、指針となった素敵な一文でした。
心の片隅に思いとめながら、今期のクジラシーズンを楽しんでいこうと思います。

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by color-code | 2012-02-03 10:45 | クジラ・イルカ | Comments(7)
バウライド

イルカがバウライドするときって、気分も船足もあるだろうけれど、乗りたい気分にさせる船の形や乗員の質というのは、きっと大事な要素なんだと思う。出会いの大半の決定権はイルカに委ねられてるわけだけれど、彼らとはそういうお付き合いが一番しっくりくる。今日の船は、乗りやすかったみたいです。とっても楽しかった。

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ところで皆さん、風の谷のナウシカ(徳間書店〈ANIMEGE COMICS ワイド判〉、全7巻)を今、改めて読み返している方は多いのではないでしょうか。アンチジブリ、の僕ですが、これだけはね、今読むとやっぱり…やばいですね。
普遍性や先見性に驚嘆したりとかでなく、登場人物が話すことばの、あまりの符合に寒気が、これ…読み返した皆さんは皆、そう感じると思います。この火を封印する準備を今始めるしかない、それが残された数少ないとるべき道と、どうしても思ってしまいますよ。
最後のほうになってくると、ナウシカは先文明の墓所の守に向かって、「真実を語れっ 私達はお前を必要としない」「かまわぬ そなたが光なら 光など要らぬ」と叫び、1000年前の指導者との決別を宣告するのですが、これは今、TVニュースで少女が叫んでいてもおかしくないし、現に東北の人々の多くは今、少女に限らずそう心の中で叫んでいるでしょう。更に彼女にむかい、墓守は滅びの最後、こう揶揄します。「とるべき道は いくつも なかったのだよ」事実僕達は今、墓守と全く同じ言葉を東北に向かって、空に向かって、そして海にむかって投げつけているではないですか。

僕はこの国、この島が破壊され、汚染されてゆくのを出来るだけ見たくないし、奪い合いの地にもしたくない。その願いには代償が必要なのも承知しています。高い代償になるでしょう。便利の概念自体も少し変えねばなりません。でもそれが叶ったとき、変えて残ったもの、それは不便とは少し違うものであるという希望があります。それをすこしづつ、今からみつけねば。

明日も海、感謝。 数日前から黒潮の縁が当たってるのでしょうか、浮遊物だらけでかゆい! けど楽しい! 
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Smile for Japan. -日本にスマイルを-a0060407_17583829.jpg
笑顔は自分や家族だけのものではない。
恐怖で身がすくまないように。
不安で進む道に迷わないように。
僕も心して笑おうと思います。
小さな笑顔が、再生の助力となりますことを。

【今日の元気玉】 -スパイラルマーケット・ようこさん-
毎晩レゲエな夜を繰り広げるラスタファリアニズム全開な久米島の老舗BAR。酒は勿論ですがフードが旨い、特にナシゴレン&ミゴレンのタイ料理にジャークチキン、ピザは絶品。様々なイベントやワークショップも開催していて、都内の有名クラブDJが普通にテーブルまわしてたりする奥深い場所です。
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by color-code | 2011-04-08 18:16 | クジラ・イルカ | Comments(2)