カテゴリ:豪海倶楽部記事( 50 )


皆さん、しおいりあつおです。今年もよろしくお願いいたします。
さて、今年の抱負ですが、自分がガイドでいる限り変わることはありません。

事故なく新たな年を迎えることです。

これは最優先され、全てを排してでもしなければならないことです。しかし残念なことに、人は間違いを犯すしスリルを求めます、それが恐怖であっても、明らかな危険と認識していても、それを克服する自分を夢見て陶酔する、考えてみれば愚かなことですが、実際僕も毎日そうしています。だからこそこの職業を続けられていられるともいえる、相容れないジレンマと付き合い続けなくてはいけないのですが、本当であれば経験を重ねることで研ぎ澄まされていくはずのそのライン引きの感覚は、実は様々な要因で鈍っていないだろうか、もしかして、とうに錆びているんじゃないか・・・? これは重要な問題です、なぜならこれはKYとか、そんな冗談では済みません。

昨年の末、ちょうどこの原稿を書いている頃に、とても興味深い本に出会いました。著者は長年にわたって雪崩予報官を務め、数多くのネイチャープログラムの監修にも携わる筋金入りの雪山のスペシャリストです。彼は真にリーダーに相応しい人物で、専門的な雪山における知恵を、非常にわかりやすくユーモアを交えて伝えてくれていますが、自分が最も驚いたのは、雪崩事故についての根本的な要因に対する記述でした。無関係に思うかも知れませんが、実際雪山を愛する人間の多くが同様に海のファンであるのと同様、海と山、特に深い山、あるいは雪山というものは非常に似ているものですから仕方ありません。敢えていうなら、○○山の頂を踏んだというのは、ダイバーでいうなら●●島に行って○○を見てきた(撮影してきた)と同質の快楽をもたらしているはずですが、問題なのはその結果、頂を踏んだり、どこどこに潜るというのは、あくまで人間の都合であって、そんな事は山(海)からすれば全くもってどうでもいいことだということは、意外に多くの場合忘れ去られているということです。さらにスクーバダイバー、特に身体が少々しんどくなってきたダイバーにより多い傾向として(自分は該当していないと思い込むのは危険でしょう。著者は雪崩事故による死者のほとんどは自身のスポーツにとても熟練しており、男性、健康、教育水準が高く、知的、中流、そして18歳から40歳の間だ。と、数十年蓄積されたデータを提示しています。)自分の年齢や、身体能力について、あたかも海が勘案してハンディキャップを与えてくれていることを無意識で期待、あるいは確信している傾向すらあります。勿論、それはありません、雪崩は子供や病人を避けて崩れ落ちてはくれませんから。彼ははそれを非常にシンプルな言葉で私たちに伝えています。

“In the mountains, Think like a mountain.”

これをぜひ“The Ocean”に書き換えて考えてみたいとは思いませんか・・・? さて、その著作によれば、雪崩事故の分析を続けていて重要な要因として、グループ間の貧弱なコミュニケーションが、ほとんどの雪崩事故に共通していると言うのです。原因の判明している死亡事故の主たる原因の実に8割は、積雪のせいでもなく、気象の悪化でもなく、そして地形のせいでもなく、まさに人的要因、自己の危険対処能力の過大評価であるとも。あまりにも示唆的な内容なので、無理を承知で引用させていただきます。


著者は雪崩事故の重要な要因としていくつか挙げその中で、

・ひとりもしくはそれ以上の者が、「変わり者」と見られるのを恐れ、発言を遠慮する。

・どんな登山パーティーも、最も弱いメンバーが達成できることしか達成できない。得てして、その最も弱いメンバーは発言を遠慮したり、あるいは決断を下す人たちがメンバー全員の意見をちゃんと聞かなかったりする。

・コミュニケーションが不完全なため、不正確な仮定をする、あるいは重要な情報が共有されない。グループの計画や、想定される危険性に関するグループの見解を誤って理解する。

と言うのです。 さて・・・ダイバーでこの解説に頷かない人はおそらく居ないのではないでしょうか。


彼は更にこう続けます。
このことに雪崩のプロたちも無縁ではない。こうしたレベルの高いグループでは皆、遠慮なくモノを言って誰かを傷つけるのを避けたがる。それで皆、進んで危険な状況に飛び込み、後になって「無謀だった」と誰もが口を揃えて言うのだ。

なんということか・・・私たちガイドという集団は、常にこの両極の要因に四六時中晒されているのです。そして著者は組織(グループ)でリーダーシップを執る人間に対してこう箴言しています。重要な役割のひとつは、たびたびメンバー全員の意見を聞くことだ。不安要因を全て議論のテーブルにのせる必要がある。このプロセスは確かに時間がかかるが、そうすることで、まず間違いなく良い判断を下すことができるのだ、と。更にどんなグループでも何か起きたときにはリーダーが自然と出てくる、そしてそれは普通、優れたスキルだけではなく、その他多くの理由からなのだと・・・。

ここまで読んではっと気づくのです。これはもう海や山の問題だけではないのですね、およそ二人以上のすべての組織、関係性に対して鳴らされているいわばサイレンなのだと・・・例えばとうにお気づきと思いますが、この雪山や、海、を会社(組織)に置き換えた時に誰もが周りを、そしてなにより自分を省みざるをえないでしょう。もっと広く国に置き換えた時・・・これはそう、ファシズムの成長過程の的確な解説たり得ます。雪崩のリスクマネージメントという限定的な技術に対するこの解説が、あらゆるケースにおいてここまで普遍性をもってしまうこと自体、この内容がダイバーにとってもきわめて重要なのだと思います。




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年が始まる前に良き教えに出会えてよかったです、本当に。
2008年が始まりました。久米島はマンタにハンマー、そしてザトウクジラでいきなり全開です。
さぁ、絶対無事故で、ツアーのファイナルにはきっと満面の笑顔で船に帰ってきてくださいね。
冷静な情熱を心に隠しながら、そしてなにより気持ちよく、楽しく・・・

彼らエリグロアジサシのようにはいかないけれど、ほんの少しでいいから高みへ。
一緒に海を羽ばたいて、飛びまわるのにお付き合い頂ければ、こんな嬉しい事はありません。









【本文中引用すべて】
雪崩リスクマネージメント
ブルース・トレンパー著
日本雪崩ネットワーク訳
出版 : 山と渓谷社
ISBN : 4-635-16809-3
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by color-code | 2008-01-01 00:00 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
五指の一
今年の自分のガイドの中で五指に入る一本。3月26日のトゥヌバラでのロウニンアジの群れ。

・ロウニンアジの壁
・カンムリブダイの壁
・キハダマグロの壁
・ハンマーヘッドの壁




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僕の中の一度は見てみたい壁ランキングにも入っている憧れの光景を今年拝むことが出来て、とっても嬉しい。
残念なのは興奮と焦りのあまり、壁として写し込めなかったことがなんとも情けないですが、しっかり見てしまいまして、拙者大変満足です。それにしてもここに(微かに…)写っている彼らは全てメーターオーバーの、単独でもちょっと仰け反るサイズでした。エントリー直後から終始海中に鳴り響くイルカのクリック音の中、水面付近を恐らくイタチザメがかなりの速さで横切るといった、なにか予感を感じるその日トゥヌバラ、実際遥か沖から不思議な轟音と共に自分達の目の前に現れたその壁は、自分のフィルム感度では流し撮りしても到底止めきれないスピードで、各々がふてぶてしく一瞥をくれつつ、我々を一巡りするのに数秒、そして立ち去り際にまるで暇つぶしの様にグルグンの壁に大穴を空けてまた遥か南の沖に去っていきました。このサイズになってまで何故壁になるまで群れる必要があったのかは僕には皆目わからないのだけど、これから先、おいそれとはお目にかかれないシーンであったと思います。

来年はまた別の壁を制覇したいが、なんかハードル高いな、このランキング・・・。
高いついでにカジキの壁もエントリーしておこっと!


読者の皆さん、ライターの皆さん、そして雄輔さん、今年もお世話になりました。一度限りの代打で出稿したこのサイトですが、数えてみたら原稿数は五十を優に超えていました。少しずつですが、色んな事を勉強させていただきました、ありがとうございます。私は今回の原稿をもちまして・・・というわけではなく、来年も一月号に向けて鋭意撮影&執筆中であります。

それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。叶うならば、新年を迎える前に球美の海で会いましょう。
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by color-code | 2007-12-02 18:49 | 豪海倶楽部記事 | Comments(2)
紫に魅せられて


ハナゴイが好きだ。どうしても見入ってしまう。

どんなベテランの人にも、カメラマンの人にも、とにかく誰にでも、この紫が目に入った途端に立ち止まってしまい、雄の集団が緋の背鰭を広げてフィンスプレッディングを始めてしまうともう当分、そこを動けなくなってしまう。当然ダイビングの前のブリーフィングでも、グループのスキルもレベルも趣味趣向もそっちのけで、気がつくと色だ、鰭の色だ、目線の鋭さだと・・・切々と数分間にわたって訴え続ける僕がいる。これはもはやハナゴイ教の布教に近いものがあるのだけれど、この布教活動は絶えることなく僕がこの海でガイドを続ける限りいつまでも続くに違いない。更にこの魚、普通種ゆえ、数も多く生息域も当然浅い。分布域も広大だ。このような美麗な種を浅海で繁栄に導いた海に深く感謝する。

中国では古代、ユーラシアでも、そして日本でも同様に紫という色彩は高位であり、高貴、あるいは帝位を象徴する色であった。そして今でも身に纏う人間の品が問われる色であり続けている。




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ハナゴイの紫は、茜に染まる夕焼けが過ぎ、半刻ほど佇んだあとの夕闇が静かに空を包みだす前のグラデーションのように、透明感と濃密さを行き来しながら、揺らぎながら、時に光を放ちながら今日も僕の目を釘付けにする。

この紫が好きだ。
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by color-code | 2007-10-27 09:24 | 豪海倶楽部記事 | Comments(5)
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強く願えば、きっと叶う。




僕はなんのためらいも照れも無く、さらっとこんなことを言ってしまう恥ずかしいオヤジになりたい。それが間に合わぬのならばそう、いつか静かな笑みでこう言えるジジィになりたい、いや、きっとなろう。

この言葉、実は思うよりもはるかに数字や数式、緻密な論理以上になにかこう、説明し難い信憑性、というか堅実性・・・いや、信頼性という言葉が一番しっくりとくるかもしれない、「コンビニとは普通24時間開いているものである。」もっといえば、「およそ想像可能なもので実現不可能なものは無い。」のような信頼性を、ひょっとしたらこの短い文字の中に凝縮しているのではないか。数十年も前、神は賽を投げないと駄々をこねるアインシュタインに向かって、「観測しないものは存在しない。」とニールス・ボーアは言い切った。この量子論者の彼のこの潔いコメントと冒頭のフレーズに、実に多くの類似性を感じるのはおそらく僕だけではない。そしてポジティブさ、字数の少なさにおいては、強く・・・の方が数段気持ち良いではないかと思う。ためしに同様のフレーズを思い浮かべてみると、皆さんもきっとひとつやふたつ、思い当たるにちがいない。もちろん似たような意味合いで一生懸命頑張れば、報われる。というのもある、でも報われることが一生懸命であるからこそある程度保証(?)されているようなのは・・・僕はこんなのなんかずるいと思ってしまうし、目を血走らせてこんな台詞をいう人にもなりたくはない。強敵に相対し負け続け、再三の窮地に陥ったコンバットマグナムを駆る次元大介に向かって「二度あることは三度あるという・・・」と、暗に勝負を避けるよう箴言する五ェ門に向かって、鼻で笑って一言、「三度目の正直っていう諺だってあるんだぜ?」と、大見栄を切ってサラッと勝ってしまう次元のような・・・こんなもっとステキなロマンティックを好きなだけ、オトコには自分の世界があるから(笑)、そして僕もそんな奴になりたいと、ぶっちゃけそんな馬鹿馬鹿しいわがままを、ちょっと恥ずかしいけれども結構心に隠している。作家の夢枕獏氏は、「数式を使用せずに宇宙を語る手段として”宇宙が愛しい” ”宇宙を愛している”そういう表現による宇宙の理解もあるのではないか。」というような意味のことをかつて語っていた。大変に魅惑的、そう、まさに媚薬ではないか・・・ダイバーであるからには是非ともこの宇宙を、まさしく海に置き換えて読んで、そう、海を愛しくなりたい・・・いや、愛してる・・・だろっ? って思うんですよ。

強く願い、信じなくても実際叶う時がままある事を、僕達は自分のリアルな体験を含めてよく知っているし、実はそっちのほうも、いやむしろそちらの方こそ全然ウエルカム、大歓迎なんである。ただ、強く願い、イメージし、存在を信じて求めた時に何かしらの影響がこの現実世界に起こっている気がするのも、そうして得たなにかの喜びは数段上なのも、何も宗教的なことではなく、もっと身近なところで確かな感覚としていくつかは必ず持っているものだ。それを表現する術は到底僕には無いけれど、すばらしい体験で、報われるというものとは異質の快楽ということだけは、なんとはなし感じるわけです。








なんとも、とても長い前置きになってしまった・・・・・・・・・すみません。




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初めてピグミーシーホースと出会ったとき、2度と見つけられるかこんなの! と思った。





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初めてヒメヒラタカエルアンコウと出会ったとき、絶対リクエストはしてくれるなと思った。





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初めてヒメキンチャクガニと出会ったとき、もう再び出会うことはあるまいと思った。






強く願って、そして出会い、理解し、憤慨し、共に海中で生き、学び、喜び、驚き・・・
やはり海はステキだ。どうしようもなく心を持っていかれる、痛む、掴まれる、抱かれる・・・

そして、お付き合いは今も続いている。どうかこれからもよろしくお願いします。




声で言う器がないならせめて書こう・・・

強く願えば、きっと叶う。
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by color-code | 2007-09-19 06:23 | 豪海倶楽部記事 | Comments(4)
脇役



ギンガメアジにホソカマス、イソマグロにツムブリ、サバヒーにオニカマス・・・ヒカリモノ真っ只中の久米島ですが、今回は常に脇役に甘んじているネムリブカにインフォーカス。ダイバーにとって最もポピュラーであろうこのサメ、この島ではほぼ全ての外洋のポイントにて観察出来ますが、やはり最も多いのはトンバラという外洋ポイントです。

水底で寝ている事が多く、フカという純和風な読みからイメージされる沼地の主的な巨大さやおどろおどろしさもさして感じず、人間の僕から見ても泳ぎが上手いとは思えないし、近づくと怪我するぜっ、火傷しちゃうぜサメだぜぇっ~!! っていう押し出しもドスも当然ないし、唯一瞳孔だけは相当にイッているけれどもそれはどちらかと言えばかなりヤヴぁい方向に向かってる眼であって、間違ってもちょいワルの方でなくて、関係省庁に電話しちゃおうかなの方な訳で、更には一度外海のポイントにて、水流に負けて反り上がって潮の下へと流されかけているといった、思わず眼をそむけて、いや、そむけなければ申し訳なさそうな彼等の姿を手を伸ばせば届くような至近距離で見てしまったものだから、初めて出会った時以来、彼等に対する評価は残念ながら下がる一方なのだ。




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しかし彼等の名誉の為にいうならトンバラで暮らす彼等の殆どは中層か水底を徘徊している事が多く、ダイバーの後をずっとついて来たり、興味部かそうに旋回して、初めてサメに遭遇したダイバーをちょっとばかし(三秒くらい)引かせてみたり、たまには写真のようにギンガメアジやツムブリの群れに突っ込んでみたりして、なんとか面目を保とうとしているかに見える・・・が、このあと彼はギンガメアジ達に延々と付きまとわれ、離れても突き放しても追いつかれ、巻かれ、まるでオヤジ狩りの現場か、背伸びして直近の横文字系アイドルグループを真逆のイントネーションで発してしまって見事に娘に引かれてる茶の間のお父さんを隣で見るような哀切を感じてしまい、またまた見るに耐えず眼をそらしてしまう僕なのであった。

ネムリブカっ! この面目は、必ずや今夜晴らされるだろう。 頑張れっ!!
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by color-code | 2007-08-21 23:45 | 豪海倶楽部記事 | Comments(2)
ユッカヌヒー


沖縄では内地より一足早く、例年6月20日前後に梅雨明け宣言がなされます。梅雨明け直前の南よりの強い季節風、カーチバイと雨が嘘のように収まり、舞台の幕が変わったかのように唐突に真夏がはじまるのです。陽射しも空も雲も空気感もなにもかも前日と境界線でもあるかの如く別物で、ニュースで宣言を聞くまでもなく、沖縄に住んでいれば、その日外に出たら真夏が到来したとわかるものです。

琉球には実は昔から梅雨が明ける日というのがあり、それが旧暦の5月4日、ユッカヌヒーとよばれています。年によってその日は変わりますが、大体6月中旬から下旬にかけてです。そしてその日に各地の港で盛大に行われるのがハーリー(爬龍船)の祭典です。


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梅雨明けを待って海の恵みに感謝し、海人たちの航海安全と豊漁を祈願するのと、ニライカナイからの神の来訪を祈る祭りの意味も含み、琉球の伝統的なサバニ3艘に通常は漕ぎ手漕ぎ手10名に加えて舵取り等、1.2名を加え、11~3名で乗り込んで勝敗を競います。最近は地域の行事として職域チームや観光客のエントリーも多数あり、漁業従事者の為だけでなく、エイサーの様に沖縄を代表する祭りへと成長しました。

ちなみにハーリーの中でも最も有名なのは海人の原点とも言える、糸満にて行われる数百年とも云われる伝統を誇る転覆バーリーと呼ばれるもので、ただでさえ優秀なこの糸満の海人が訓練を重ね、美しい装束に身を包み、一糸乱れぬ呼吸で海を漕ぎ進みます。あまりの漕ぎ手のパワーに長いサバニが喫水線ギリギリまで沈み込んでその瞬間一気に波を切り裂いて加速してゆく姿のかっこよさといったらもう、惚れ惚れします。 そして更には道中の真中でわざと一回転覆させてから起き上がらせ、浸水した水をかき出した後にゴールまでたどり着くという高度なテクニックも要求されるハーリー祭の最高峰です。機会のある方は是非見てください。


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さて、自分も数年前から島のある港で漕ぎ手をやらせていただいています。その港のハーリーは割と競技系で、タイムもしっかり計測され、地元の自衛隊や消防隊の気合の入り方も他の港とは一線を画すものです。実際数年前、弱小の我がチームが自衛隊に勝つという大金星を挙げたときの彼等の落ち込みようは、傍からみてもそんなに落ち込まれると、こっちが逆にヘコむよ(笑)、という状態で、まぁ島人は行事事は年齢関係なくそれだけ熱心にやるんですね。そんな中に混じって漕ぐものですから、10分前に初めて出会った人(おそらく観光か、人数不足でその場で捕まえた酔っ払い、あるいは友達の友達など・・・)が数名乗り込んでいるようなうちの船が、そうそう勝ちあがる訳ないのですが、しかしたった一回のレースだけでマジ疲れるんですよ。。。まかり間違って(?)3回戦まで進むともう腕が上がらなくなります。参加景品はさすがに海の祭らしく泡盛と魚です。勝ち上がるにつれて泡盛が720mℓから1升瓶に、30cmのカツオが80cmのキハダマグロへとグレードUPしてゆくのも粋ですね~。


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写真は去年の鳥島漁港のシーンです。最前列には数十年前から間違いなくこのノリで踊り続けてきたに違いない、カチャーシーをひたすら躍り狂う地元の最高にキュートなオバァ達と、その姿に若干引き気味ながらもその少し後ろで嬌声をあげる女衆、朝から完全に酒が入って眼が黄色くなっているオジィの集団、いまひとつ的を得ないがそれが逆に妙に場になじむ司会進行役の奇妙な声援と実況中継・・・しぶしぶ出てみたが、負けてやっぱり悔しくて憤懣やるせないといったナイスなふくれっ面の男の子が居るかと思えば、続けざまの連戦で疲労の為に、ゴールの瞬間抜け殻と化している自衛隊チームの漕ぎ手の面々・・・・いやぁ、ネタサラウンドな港内です。。。

梅雨明け直前なので、はやり雨がちですが関係ない、これをしなくちゃ梅雨は明けないでしょ!!
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by color-code | 2007-06-16 21:22 | 豪海倶楽部記事 | Comments(2)
奉納エイサー


この島には各部落、そして部落を越えたチーム的な集まりを含め、数多くのエイサーの団体があります。そして島内の数箇所の部落では、奉納エイサーとよばれる伝統的な形式を今も守り続けています。公民館で集合した後、神家まわりといって地域の拝所を回り、その後その年に新築したお家や、お祝い事があったお家を訪れて舞うのです。詳しいことは、自分から説明するより、数多くの文献やネット上にある記述のほうが解りやすいと思いますから是非見ていただきたいと思います。

さて、この島内でもエイサーのルーツを色濃く残す地区が3箇所ほどあるのです。今では少なくなったこの伝統エイサーを観るのは、僕にとっては沖縄の原風景を感じる事ができる貴重な体験ですし、この日をその部落の人々と同じ場で過ごせる事に本当に感謝しています。今では大都市の道路を数車線に渡って止め、盛大に舞われるようになるまでメジャーになった踊りですが、僕はより土着的なこちらのエイサーに強く惹かれます。

興味を持たれた方に、心に留めて頂きたいことがあります。この行事は本来の目的からみても非常にプライベートな祭りです。部落に住まう人々とその縁者が、その年選ばれた家々を回り、仲間達と共に祈り、感謝し、精霊が宿る巨木聳える広場で舞を披露し、それを受け継いでいくもので、そこに不特定の他者(勿論僕も含めて)が入り込むものではないですし、その場に観光的視点やサービス、特有の媚びもありません、そこに顔も人隣もわからない人間は誰も居ないのです。それはなにも閉鎖的であったり特異な事ではなく、この奉納エイサーのように、今も変わらず少数の特定の人々が、決してすべての為ではなく自分達と神など上位のものだけの為に明確な目的をもって祈り、謡い、騒ぎ、乱れる、そして男女であったり土地であったり、明瞭な境界線を強烈に意識しながらもそれを超えてゆくもの、なにもここだけではなくどのような地域であろうと祭の根底というのはそれだと思います。そのような場所によそ者が赴くのであれば、当然ながら思慮深い行動と、礼節が求められるのは当然ではないでしょうか。そしてそのような機会は姿かたちを変えて日常のふとした瞬間、思うより遥かに近くにあるのでしょう。

話は少し逸れるのですが、いちゃれば、ちょーでー (ひとたび会ったらもう兄弟のような仲)・・・に代表される琉球の人々の暖かいウエルカムな気質は、実はこういった隠された思慮深さと礼、もっと言えば今では忘れられた社会構造のもとに成り立っているのではないかと、最近そう感じ始めているのです。そしてそれはこの奉納エイサーだけではなく、門中といった父系の血縁集団であったり、その門中墓の前で催される数多くの祭事であったり、伝統的な家に見られる屏風(ヒンプン)、仏壇の配置について、ひいては今の高校生にも受け継がれている琉球に対する強い思慕の感情への理解にも繋がっていくのではないかと思っています。理解と書いたのは、僕はやはりナイチャー(大和の人間)ですし、とあるわずかな側面、特にガチガチの縦社会や体育会系のノリに見えるなにか・・・にはどうしても馴染めないものですから、たとえ頭で理解できても感情的には納得出来ない、身体がついていけない事柄もあるからです。ただ例えば観光客がサトウキビ畑を、ざわわ。と置き換えて発するとき、どのような意味であれその人の何かが問われるでしょう。それは銃を持たない衛生兵模型(内地では話題に成り得ないので言いづらいですが・・・)と同質の歯触りをもっているでしょうし、それを意識すべき、という話しでなく、それをどのような方向であれ感じたほうがより素敵な行き方ではないかと。それについてはまたの機会に譲ろうと思います。

少々小難しくなってしまいましたが、記録、に関して言えば実際にこの空気の中、地区の長や家の主に挨拶や断り無くフラッシュを無遠慮に焚ける人間はおそらく居ないでしょう、自分も見惚れてしまってふと我に返り、この眼前の光景がたった一回の閃光で消え去ってしまうような不安に駆られ、慌ててISO感度を最大にしたひとりです。そこには遥かに時を遡ったような、思わず口を開けたまま息を呑むような光景が広がっていました・・・・





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なんとも見事な月夜でした

花々咲き誇る その日の為に 美しく手入れがされた神家の庭

その家族とその後ろに居る先祖の為だけに舞われる奉納の舞

時空の狭間に迷い込んだような 不思議なな時間が流れてゆきます

来年も、再来年も、いつまでもこの夢を 月夜と共に
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by color-code | 2007-06-07 21:16 | 豪海倶楽部記事 | Comments(3)
僕が海に入るわけ


大好きな水の中で 腕組みばかりしていたら
あたまでっかちになっちゃうからさ
さぁ、ゆっくりと腕を広げてみようよ

いやだよ~
なんか恥ずかしいな・・・・

まぁまぁ そういわずにゆっくりと 
人目なんか気にするのは陸の上だけにしてね




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そうそう、ゆっくりと広げてそう
腕は翼になって、もっともっと伸びてゆく・・・・

心が開いてゆくよ
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by color-code | 2007-05-07 18:29 | 豪海倶楽部記事 | Comments(2)
仕事場



今回の被写体は海中には居らず、中空に静止しています。写りこんでいるのは快晴の空と、真剣なまなざしの男がひとり。

私の同僚が、スキンチェック(ゲストにエントリーさせる前に、事前に潮の強さや方向、魚の溜まり具合などをチェックする、潮読み、潮見とも云う)の為、今まさに船から飛び降り、着水する瞬間を切りました。着水後は、水深10m以浅で数十秒、水深を固定した上で完全に停止しながら潮の状態を全身で感じる事で、様々な潮の状態を把握し、その後エントリー、エキジット方法やアンカーリング位置、各ガイドのコース取りの打ち合わせなど、実際のダイブプランの最終的な確認が船上のスタッフ間で矢継ぎ早に確認されます。冬場であればロクハンカブリの上には8キロ近いウエイトが巻きつけられ、流れと波、船が完全に停止しない状態でのエントリーとなる為、着水時フィンやマスクに掛かる負担も通常より遥かに大きくなります。エキジット時も、スタッフの潮読みごときにラダーなど出るはずも無いので、チェック用にそれぞれ調整された過大なウエイトのまま船べりから一気に這い上がります。非常に骨の折れる仕事ですが、これに季節や海況は関係ありません、潮流が入り易く、それが潮汐の影響を受けにくいポイントでは、トピックスを呼び込むだけでなく、安全確保の為にどうしても必要な作業なのです。

久米島の特にトゥヌバァラ(別名、飛原:トンバラ)という沖合いのポイントでは、このスキンチェックは不可欠です。潮の傾向が潮汐にほぼ全くといって良いほど関係がなく、東西南北数百mに渡る広大な広さのダイビングポイントでありながら、アンカーリング位置が数mずれる、あるいは潮の方向を15度読み違える、たったそれだけの事が、私達を時として非常にサヴァイバルな状況に陥れるからです。このポイントの潮の雰囲気を身体が覚えるまでには普通2.3年、更に自分の癖や体調や季節の変動に拠る僅かな感覚のずれ、そしてスタッフ間の方向、潮の強弱数値も正確に同期させていないと情報は全く役に立たないものになります。そうした身体体験を蓄積してスキンチェックの精度が安定するには更に数年を費やします。ここまで来て、ようやくこの島のガイドとして仲間から認知してもらう事が出来るのです。





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ここには僕達の日常に最も近い、まさに仕事場が確かに写っています。

こんな海を撮っていきたい。
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by color-code | 2007-03-20 15:09 | 豪海倶楽部記事 | Comments(3)
賛同者永久募集中



何に賛同かっていうと、ダイビングを終えて陸に帰ってきて、あるいは船に帰ってきて・・・

「お疲れ様でしたぁぁ~。」

は、もうそろっとやめにしたほうがいいと思うわけです、ゲストもスタッフもそりゃもう皆一斉に。これは雄輔さんも常々おっしゃっておりますが・・・全くもってそのとおり、僕も両手両足挙げて大賛成であります。なんかお仕事からやっと解放されました的なオーラ漂いまくりのこの挨拶、せっかくの休暇を楽しく遊んでいるんだし、遊び疲れてむしろ幸せだし、ね? やっぱり好きなダイビングしてるんだから、もっともっともっとぉぉ~♪・・・・っていきたいじゃないですか。余韻にもたっぷりと浸りたいし、バディと何かを分かち合いたい、水中で言葉にならなかった心の叫びを皆にぶちまけたい、言わずにおれない出会いを是非とも皆に言いふらしたい・・・とまぁ色々ありますが、うぅぅーむ、お疲れ様っておいおい、ちょっと寂しすぎやしないかい? と僕だって思うわけです。

話はちょっと横に逸れますが、僕は淀川長治さんの週末の洋画劇場の解説が好きでした。すさまじい知識と映画体験を持って、話も本も、批評もとっても面白くて時に鋭くシビアで、人のけなしかたなんかとってもお茶目でスマートで、いつまでも、亡くなる瞬間まで眼がキラキラしてたのじゃないかなぁって思える人でしたよね~、でもあの洋画劇場・・・とんでもなくつまらない映画、正真正銘どうしようもないような、それこそ北京原人(言っちゃったよ:笑)級に救いがたい映画なのに、どうしようもない駄作の中から、針穴のような一点を探し当てて必ず褒める、褒めちぎる、とっても素敵に面白く、嬉々として・・・そしてその後にその最低の映画を見ると、なんか本当にこんなにつまらない映画が結構面白いんですよ不思議とそこだけは・・・素晴らしい人でした。

ホントの話、もし言うに事欠いたら・・・「○○! あれ、よかったねぇぇ~!!。」って言ってみるのが一押しです、とにかく何でもいいから。そうすれば、そのダイビングが、きっと素晴らしくかけがえのない一本になると僕は思いますよ、いや、きっとそうなるっ。


そこで今まで僕が聞いて印象的だったエキジット後の第一声を思い起こしてみたら・・・

【!!!!!】               言葉にならない歓喜の叫びっ。てのが一番至福ですね、やっぱり。
【やっばぁぁぁ~いぃぃ!!!!】      これもやばいですね~、可愛い女子が言うと更にやヴぁぁ~い。
【いやぁぁ・・・いいですねぇ・・・ここ】  これ、シブめの男性が笑顔で言ったらかなりポイント高いと思います。
【被写体・・・多過ぎじゃない?】      ガイドが大泣きするのでフォト派の方、マストです。
【撮りたい物多過ぎてメディア足りないよぉー】2本目で叫びましょう、3本目、被写体が普段よりひとつは増えますね。
【抜けすぎてて・・・怖いです。】      透明度10mあったら言ってみる。透明度15m程度のコンディションで効果MAXでし。
【もうダメ・・・・イっちゃう・・】     D難度の荒業なので、空気読めない人とおっさんは厳禁です、下手すると出禁食らいます。
【ここ何!? 日本じゃないみたぁぁい!】  沖縄あたりで叫ぶと微妙に成功する時があります、周りの反応も微妙ですが・・・
【潜れるだけでもう・・・嬉しくって・・・】 台風か時化の時に是非是非っ

・・・と、結構ありました。そしてこのような一言は、ガイドはおろか、周りの人々全員に予想以上に正確に伝播してゆくもので、ザッパァァ~ン!! 的なラフな海況時のエキジット時など、女の子の嬌声がひとたび上がった途端、あたり一面がしばらく南国ベタ凪テイストの雰囲気になりますからね~、次のダイビングでスタッフもいつも以上の力が不思議と湧いてくるだろうし、まわりのゲストもついつられてテンションアゲてくるもんです、ほんと大事なことですよ。これがシケた顔のスタッフの、お疲れ様でしたぁ~・・・・だったらどうですか皆さん?

で、ところでオマエはなんて言ってんの? っていうと僕は、ありがとうございましたっ! ってシンプルに言ってます、すみません単純過ぎで。でも、一緒に潜ってくれて、僕の大好きな海に潜ってくれて・・・ありがとう、そして、お帰りなさい・・・という意味を込めて、ありがとうっ! って、ずっと言いたいです僕、ガイドをさせて頂いてる限り。




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-おまけ-
でもやっぱり、このくらいのいいオトコに、ありがとうございましたっ! って言われたらもうさぁ・・・HAPPYだよなぁ・・・いや、むしろお疲れ様でしたっ! って言ってもらってOK、こちらこそぉ~、お疲れ様でしたぁ~♪ って返しちゃうっ(笑)。いいなぁ~こうなりたいけどダメだからもう、声量で勝負しよっとっ!


賛同してくれて、ありがとう。 え、違う!?(笑)
                                                       モデル:古見きゅう
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by color-code | 2007-03-16 17:10 | 豪海倶楽部記事 | Comments(7)