原色の季節
内地より一月以上早い梅雨明け宣言を待つことなく、沖縄の夏は、実は四月から始まっている。その火蓋を切って、島中に花が咲き乱れ、溢れかえる初夏、うりずんの季節。この季節が訪れると、僕は車の運転スピードが確実に十キロは落ちる。偏光フィルターが眼に張り付いてしまったような色の洪水が島中いたるところで溢れ、道に漏れ出しているために、とても停車せずにはいられないからだ。そして六月、気温と水温はみるみる上がり、強烈な日差しが梅雨とは名ばかりの貧弱な雨雲達を、二時間もしないうちに溶かし切ってしまう。
雨はあがり、空を濃く染めるころ、太陽の矢は赤い土に突き刺さり、原色の季節の到来を島人に告げる。
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少しばかり歩いて路地に入り、古い赤瓦の民家を覆うように咲く花々を見れば、島人たちが皆、どれほどこの季節を愛しているのかを身体で感じる。自らの庭だけではない、沿道を、ハイビスカスや鳳凰の木をはじめとした、真紅が埋め尽くし、畑の脇のたった数畳の土地を使い、作物の代わりに島の人々は花を植え込み、休憩がてら、その原色の絨毯の脇でお茶を飲みながら、ゆったりといつ終わるとも知れずゆんたくを続ける光景があらこちらで見られる。
こんなふうに、小さな贅沢をおおきく愉しむ引き出しを、島の人間は実に多く持っている。そのひとつが、ウチナータイムと形容される、時間を小刻みに切らない島人の気質であったりもするので、琉球の粋を身体で理解するのはなかなかに難しく、そう思ってしまうこと事態、僕がウチナンチュー(沖縄の人間)にはなり得ない、ということなのかもしれない。テーゲー文化と称されるが、彼らは決して全てに於いていい加減なのでも時間にルーズなのでもない。島人と約束をしたり、待ち合わせをしたりすると、夕方ごろに来い、とか、夕御飯の後に待ってる、とか、とにかく何時に、とはまず指定せずに、せいぜい何時ごろ・・・かなぁ・・・程度でも上等なのだけれど、そう言っている本人が実は、島の遥か上空から鳥の如く見ているかのように、天気や人の集まり具合や、そんな諸々を注意深く観察しながら、まるで舞台役者のように絶妙のタイミングで現れる事が多い。そしてそれは彼らの生活の一部であるが故に、何一つ気張りが無い。注意深く観察することを忘れ、時計やディスプレイに頼り切った僕たちにはもう戻らない、捨て去ってしまった能力を、琉球の人々はいまだ、しっかりと持っているのかもしれない。
そんな中を、カメラ片手にキョロキョロとあたりを見回ながら歩く自分が、なんとも無粋者に思えて、その光景から逃げるように離れてしまうときがある。この日はそのまま夕暮れ間近の、テッポウユリが咲く海岸へと足は向いた。ここのユリの群生は、本当に素晴らしいのだ。僕はこの時期、しばしば海岸に来ては、落陽の半時をすごすのが、年中行事のようになっている。夕刻の暗緑の草原を、数百の純白のテッポウユリがうずくまるように咲いている。時折吹く潮風で花は小刻みに揺れ、まるで今にもその羽を広げて、一斉に飛び立ちそうだ。
陽が落ちてゆく。
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ふと遠く水平線を見やると、そこにはユリを背に、夕日に向かって静かに釣り糸を垂れる島人たちがいたのでした。 なんと雅な人々か・・・もうすこし歳をとったら、僕はこの風景の中に居るようになりたいと思う。
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# by color-code | 2005-06-01 12:06 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
アーラ浜にて








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夕方、数人の子供達が海に入って遊びだした。おもわずカメラを構えた。
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# by color-code | 2005-05-29 15:23 | Comments(0)
こんなかんじでいつまでも
あなたは人を好きになるとき
どんなところから好きになりますか?
僕はそのひとの匂い 声の調子 服や身体
見つめてくれる眼・・・空気を伝わってゆく想い・・・
そうなった頃 名前を呼びかけたくなります
魚はなぜ こうではないのですか?
僕はそんなふうに魚を好きになりたかった
たくさんはいいです
いつまでも そう 海に入りたい
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そんなふうにして好きになった数少ないこの子
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# by color-code | 2005-05-01 13:07 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
迎撃








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巨大なアカウミガメを迎え撃とうとしているのは、写真家の阿部秀樹さん。
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# by color-code | 2005-04-29 11:55 | Comments(0)
燃え盛る物欲をどうにかしてん
今、僕のモニターの前の裏画面には、とあるサイトのショッピングカートが表示されており、そこにはパタゴニアのインファーノジャケットのMサイズが1着入って、あとは購入をクリックするのみになっている。値段は、40%OFF、この会社の製品では、おそらくは破格に近いのではないだろうか。しかし、30分前から迷っている。何に迷っているのか今考えているのだけれども、40%OFFでも高いその値段か、機能性やデザインに一分の不安があるのだろうか、本当は何かなんでもいいから買いたいだけなのか、自分を図りかねて30分経つ。
いや、こんな優秀なソフトシェルと、この値段で手に入るのなら、問題はないはず。貯金はまだある。

何らかの思想や品を、お金で買うのはは今も昔も変わらない。ブルガリしかり、レンジローヴァーしかり。食べ物はその極み。でもリサイクルに、コストがかかるというあたりまえの事を、僕は20年前、考えもしなかったし、水にお金を払う事も考えもしなかった。リサイクルした素材を使い、なのにそれゆえ高くなるという暴挙を、環境に対する姿勢を身に纏う事に対する対価として数万の上乗せをするという意外な発想を持って、しかし確信犯で売り出した衣服がある事を知ったのは、どうだろう、6.7年前のことだろうか。しかしねー、高いぞおい。何故こんなに高いのだ。フリース1枚が何故1万5千円するのだ、リサイクルフリースがだ。そう思っていた、いや、今でもそう思っている。だから僕はこのボタンをクリックできないのだろうか・・・?

服を高額で売る理由が、環境保全であるという思想。その新たなる価値観を着る事に、数万を上乗せできる意思のある人が買う服・・・、では、それを40%OFFで購入する僕は、はたしてその会社の理念を着ると言えるだろうか? そのようにして買った服が、当分の間、リサイクルされない確信が、僕にはあるかい?

僕にはこの服は、まだ身の丈に合わないと思うので、やめます。ユニクロのフリースでいいや。
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# by color-code | 2005-04-11 22:47 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
海と陸をつなぐもの
2月にはいってから、3月中旬までの沖縄は、サトウキビの収穫、いわゆるキビ刈りのシーズンへと突入してゆく。島の大半の農地がサトウキビで占められるここ久米島も例外ではなく、2月の初旬から中旬にかけては、プロ野球の楽天ゴールデンイーグルスの春季キャンプで大いに賑わったのだけれど、精糖工場は早朝からフル稼働で甘い煙をもくもくと吐き出し続け、球場のすぐ隣の延々つづくキビ畑でも、通勤する選手団を傍目に、一家どころではない、親類縁者、総出でキビ刈りが行われていた。刈り入れは、非常に手間のかかる労働であり、たまにはハブも潜む湿った畑に終日居座る危険を伴う作業であり(実際、年に1.2人は咬まれる)、一族全員が一致団結しないと終わらない仕事量と作付面積の広さであり、冬場の大きなイベント的仕事でもある。
この一大イベント遂行の為には、いかに内地(日本本土のことです)に住んでいようとも身内から召集がかかり、それは内地でたとえ勉学に励んだり、仕事に精を出しているとしても、その当人にとってみれば非常に断りづらい。場合によっては、正月に本家の隣に住んでいるのに挨拶に行かないくらいにマズイ事でもある。が、内地の会社でその理屈が通るはずも無いところがツラいところなのだ。ましてや島に住んでいるのであれば、病床についていない限り、しなかったらもう島には住んでいられない。夕方6時前まで普通に会社に勤務し、その後、畑に直行する人も珍しくない。ここ沖縄では、「キビ刈りしないといけないので仕事休みます。」という理由で会社を休むことは、別に驚くに値しない。身内が事故、並に強い休暇理由となり得るし、実際伝家の宝刀が如く、これを言われたら許可しないわけにはいかないくらいの効力を持っているのである。
さて、少し話を進めよう、手で刈り入れる人も多いキビだが、島に数台ある、キビをビシバシ! グルングルンッ! 力業であっという間に刈り入れちゃう、すっごく頼もしい、朝日に輝くキビ刈り機の雄姿である。
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なんというカッコよさ! 僕は前々からこの機械の並々ならぬ力強さに惹かれていたのだ。八重山のほうには更にふたまわり以上も巨大なこの機械が、この時期、縦横無尽に畑を刈り回っているらしい。あぁ、行きたい・・・。
何が良いってこの前に光り輝くぶっといドリルである。実際にはこの部分が穴を掘ったりするわけではないが、僕から見れば、これは武器に使うドリルそのものであり、ヒーロー物で言えば悪役のほうの機械であり、そう、なんというか機械獣なのだ。ガンダム、いやそれちょっと無理か、衰弱したエイリアンになら勝てるのではないか、とマジに思う。初めてこれを見た時に瞬時にそう感じたのは偶然ではないだろう。事実多くのアニメーションや特撮ものに、この意匠は深く入り込んでいる。このドリルの前に、もしも少し伸びる腕が付いているなら、と想像して欲しい。まさにどこかで見たあれ、ではないか。そして、ダイバーなら更にもう一つ、類似を感じるかもしれない。僕にはこのキビ刈り機は、まるでこの生物のモチーフが如く見えるのだ。
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このフリソデエビの正面顔と、キビ刈り機の正面顔の極悪さ加減や造形バランスは、驚くほど似ている。この機械にこの極悪そうな眼を描いたら、もうそれは完全に機械獣、そのまんま番組に出せそうな勢いなんである。さて、ここまで感じたら、イメージはどんどん肥大する。下の写真を見て欲しい。これもやはり、フリソデエビなのだが、注目して欲しいのは、額角、頭部のノコギリ状の角の部分である。
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この見るからに武器の形状を持ったデザインは、古今東西、実写・物語・アニメーション問わず、あらゆる物語に散りばめられているモチーフだということが良くわかる。それはイッカクの角が、ユニコーンに使われたのと同じことでもある。いや、そんな高尚な話はよしてですね、ヒマなら試しに今、検索サイトで、「ウルトラマン・怪獣」と検索してみれば一目瞭然です。マニアなフィギアサイトが沢山湧いてきますから、ひとつ開いてください。美少女系もかなり入ってまして、寒い思いをする人もいらっしゃるかもしれませんが、図鑑でイトヒキベラ系に見入るよりは、この人たちの方が遥かに普通ですから。僕達、自分が思うより遥かに過剰ででサブいんですから日本人ダイバーたるもの、そろそろそこのとこ、はっきりと自覚して誇らしくタクに遊ぶべきです。
話は戻って、ダイバーの視点から見た彼等怪獣は、驚くほど甲殻類の造形を流用しているのですね。更に「スカイドン」あたりを見ていただければもっとハッキリするかもしれません。そこに見える怪獣の額には、明らかにこのフリソデエビの写真のように、額角が装着されているのです。この怪獣を最初にデザインした人物が、甲殻類図鑑の最初の方の分類ページを、眼をキラキラさせながら食い入るように見つめながら嬉々とスケッチしている風景が、僕にはありありと浮かんでくるんです。

もしかして、あなたがログブックに生物の名前を書き入れるのに、少し億劫になったのなら・・・ロギングや、飲み会にちょっと退屈しているのであれば・・・それならみんながそうしている間、ちょっとだけ道を散歩してみませんか? ダイバーは、陸と海を旅する民です。海だけなんて、なんてもったいない。でしょ?

ほら! 体長数メートルのフリソデエビが、仕事してますよ!
あの車のテール、深海性のサメに似てるとおもいませんか?
そこらじゅう、馬鹿でかい怪獣だらけ、エビカニだらけ!
ダイビングって、なんて、なんて面白いっすね!!
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# by color-code | 2005-04-01 13:09 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
公序良俗ってどうしても公序陵辱って言ってしまうんですけど・・・
公序良俗について調べていた。こんなに略した四文字熟語(?)とは意外であった。公序とは、公の秩序の略で、国の一般的利益言うらしく、良俗は、善良の風俗の略で、社会の一般的道徳観念をそれぞれ意味するらしい。まぁ、常識って事ね、あわせ技で、公序良俗・・・長ぇぇーよ・・・要は法律用語なんですな。こんなんして何してるかっていうと、店のダイビングの申込み用紙の再作成と、保険の見直しをしているのでした。うちの業界は、なんか起こしたら保険なんかホントおりない、一家離散が常識。裁判で勝った事が無いし、海外なんかでは400%負ける。20億の賠償とかはザラにあるらしい。国内も似た様なもので、こないだ負けた判例は、ガイド○○は、水中で講習中に4秒に1度しか振り返らず、ゲストの安全確認を怠った為に、当然ながらケチョンケチョンに負けた。当時ガイドの間では、このニュースは衝撃的で、3秒に一度振り返ってたら、俺の安全はどうするんだ? とか、そんなクルクル廻ってたら迷っちまうぞ、シンクロやってんじゃねーんだから・・・等など、もうダメだこりゃ、の世界であった。

それは、今も勿論変わらないのだけれど、これでお金を頂いているのだから、しょうがないのだ。金額の多寡の問題では無い。しかし日本における最下級の暮らしと待遇の中、激務をこなし、船代や旅行社へのコミッション、その他経費を引けば、1万かそこらの一日のダイビングフィーなど、2千円かそこらしか残らない。これでゲストに1日お付き合いし、夜も飲み、命は預けたと言われ、何かあったら確実に負ける事が自明な商売、裁判官の方はこの実情を少しは心証に加えてはいただけないのであろうか・・・おぉぉーい、36協定とか、100年経っても無いんだぞ、それ以前に隔週休1日が、視野に入ってないんだぞぉー、頼むよ裁判官・・・あっ、言う方向が違うか・・・ねぇねぇ、ダイビングフィー、1日38000円くらいにしたら、やっぱダメっすか?? これ以上傷害保険に入れません、高すぎて・・・。でもこれ、およそガイドと名の付く商売の、みんなが抱えてる問題なんです。

今から言うのは勢いだから勘弁ね、愚痴に近いから、ごめんなー。

ところで公序良俗に反しているのは、ダイビングで言えばここのダイビング申込み用紙の、一切責任を・・・とか、そこのいわゆる免責部分なんです。こんな物言いが、善良の風俗に沿っているわけ無いんです。代金頂いて、ツアー開催しておいて、何かあったら責任取らない。って、そんな理屈がとおるはず無いのです。納得して書けるわけない。踏み絵的発想ですよね。だからこの手のものは裁判所でも絶対に却下されます。2枚複写にしていようと、親族のサインがあろうと関係なしです。そういう申込用紙なんぞを平気で書かせる体質が色濃く残ってるんですよ、私の業界には。とても残念なことですが、これはどんな分野でも必ずありますから、肝心なのは、それに慣れてしまわない事だと思っています。でも数十年前の最初は冒険だったんです、雪山登山と同じですね。保険なんかおりないし、社会的な認知のされかたも、相当に危険なスポーツだったから、何か事故が起きても、一応少しながらでも自己責任という言葉が通用していたんです。でも、商売根性で、誰でも出来ます、直ぐ出来ます。泳げなくても出来るんです、イルカさんとも遊んじゃおう! 楽に楽しく安全に! ってやっちゃっておいて、いざとなったら自己責任ですからぁぁーって、オイオイおかしくない? っていう事なんですよ。それをやっちゃったのです、僕達の業界。今もやってるんです。下々のほうの人間は皆このゆがみが解ってるの、不平不満も言うし、いろんなところで発言して、このゆがみを修正しようとしてる。

本来、ガイドというのは、そのガイドを雇い入れる人の欲望(頂上を制する、ここにたどり着く、○○を見る)を叶える為の助言と補助をする脇役なんですよ。完全にサポートです。これは山だろうが空、海、関係ないんです。そして安全か、引き返すか否か、それは雇い入れた人が最終的に自己責任において決めればいいのです。その要求と金額が合わなければ、ガイドが降りればいいわけで、僕達はそういう使われ方をして、初めて機能するし、ゲストを満足させようと頑張れば頑張るほど、何かあったら事態は確実に悪化するので、適当に安全パイの更に安全パイあたりで遊ばせて、あとは口でごまかしとく、っていうのが、結果的に一番安全です! っていうなんか本末転倒な現状から抜け出れるんです。多分、ガイドと名の付く職業が皆抱えてる問題で、『自然』というのが危険だった昔はそれはそれで行く人自体少なかったけど、今はこんな時代だから、世の中ガイドだらけ、でも法は勿論、こんな基本的なとこからもうはき違ってるから、今後、エコツーリズム関係で、この手の問題は加速度的に出てくるはずだと思いますし、僕の業界を反面教師としないといけない。そしてその解決を、アメリカ的な路線で行くと、かなり殺伐としそうで不安です。僕達の大半、無宗教ですから、これもかなり悪いほうに影響しかねないかもしれませんし。

一番いいたいのは、イルカと泳ぎたい! っていう思いは良いんです、素晴らしい体験になる、絶対に。そしてそれは、サファリパークで車を降りて歩くって事なんです。自分の土俵じゃない海、って事を考えるとそれ以上のことです。それが野生と触れ合うってことなんですから、それを他人に責任とらせちゃ、そもそもダメでしょ、その人、野生と触れ合う気は無くて、飼いならして遊びたいんだなー、っていうことですよね。これは遊んでて、あまり面白くないことです。

つきあっていただきまして、ありがとうございました。
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# by color-code | 2005-03-13 22:45 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)