台風前








a0060407_11585876.jpg

抜けた外海の根に、巨大なうねりが押し寄せ砕ける。圧倒される波の量感・・・
[PR]
# by color-code | 2004-06-29 11:58 | Comments(0)
大きさの感覚
大きいものを大きいと感じるのは容易いけれど、実の話シュモクザメや外洋性のサメ、鯨類・・・を大きく撮るのは僕にはとってもむつかしい。この手の絵を見たときに、長い潜水経験を持つ人の到底かなわない年月の底力を感じるし、20年、30年と潜り続けて写真を撮り収めてきた人々と、ようやっと2桁にたどり着いた僕では、どうやっても太刀打ちできない種類の厚い壁が確実に存在している事をその度に思い起こさせる。そしてそれは喜ばしい事だとも思うし、例えるなら彼女と泊まるホテルの壁も、それはそれで厚いほうがいいしぃ~、何事も薄いとねっ、どうもねっ…っと話が逸れそうなので戻しますが、同じく、小さいものを小さいと言うことも容易く、そしてその大きさなりに(等倍あたり)写す事も、そうそう凄業を駆使する訳でもないのですが、しかし、たまには、おいおい、勘弁してくれよぉ・・・っていう生物も居る訳で、数ミリの大きさで、ピコピコ動き回られれると、それはそれで可愛いけれど、とっても困るし、こういった撮影に非協力的な子に限って綺麗だったりするし、ここらへんやっぱ人もサカナも大して変わらんとオッサンに片足を突っ込んだ今になってからしみじみ思うのですが、つくづくこの子達は商売っていうもんが解っていないらしい・・・でもクジラも解ってないので、大きさはこの際関係ないか・・・。僕はとことん堪え性が無いので、そういう場面に出くわすと、見て、構えて、そして首を数回傾げたあと、大抵立ち去る。こういうのは、それが得意な人がすればいいし、その道のエキスパートは既に居る、沢山いる。同じ土俵に上がろうなどと生意気を思ってはイケナイ。勝てない勝負はしないっのさぁー、ふんふん。と、負け惜しみを言ってる間に、ゲストはあっというまに撮っていくのですね、すごいのを・・・。
話は若干進んで、色々小さいものを見続けていると、少し麻痺してきますよね、大きさの感覚が。そうではなかったですかぁ?? 例えば初めて○○ウミコチョウを見付けた時の事を思い出してください。こんなゴミみたいなもん、っていうか浮遊物、もう2度とみつからねぇーよ! って思いませんでしたか? 僕は根がいい加減ですから当然思いました、そしてあくる日同じ場所に行って、あたりを見回したら10個体くらい居て、というより見えちゃって、そりゃビックリしましたね。2mmの生物が、いきなり沢山視界に現れたのですから、もう驚きますよね、新たな異次元の世界が見えちゃったんだけど、どうしましょ、ありえなぁーい・・・って。 そうして慣れていくうちに、cm(センチ)という単位が、なにやら大きく思えてくる。3cmのイザリウオの子が、大っきく思えてきたら、麻痺のはじまりっすよ、皆さん、注意しないと雑誌の投稿に出すときに、ウミコチョウのデータを1.5cmとか書くはめになります、書かん・・・。等倍のマクロレンズが、広角に思える幻覚を感じたらもうアウトですから、1ヶ月くらいは海からリタイヤがいいのでしょうね。その原因の半分はおそらく窒素系も含んでますからいい機会です、狭くて暖かい病院の中のハッチの付いたお部屋に3日位住んでも良いと思います。この罠は、時としてベテランガイドであろうと嵌るんです。ホントは1.5cm位のベラの子が、3cmくらいに見えちゃうんです、というより、そう感じちゃう。これは困りもんですから、僕は1ヶ月に1度くらいの割合で、定規を使って感覚を修正するようにしています。今回のは、名目上リサーチの名を借りた、修正リハビリダイブの時のもので、下の画像ですが、うわぁ! ホント小さいわ! 1cm弱だな。 と思ったこの可愛いイザリウオの仲間は、実際体長6mm弱程度でした。可愛いけど小せぇよ・・・オイ!・・・さして変わらんか・・・。
とにかく、そのまんま。その可愛いまんま、大きくなってくれぇーい!!

a0060407_1522176.jpg

[PR]
# by color-code | 2004-06-01 15:00 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
原色の季節
原色の季節が来た

今の島は花で溢れかえってしまって
ありとあらゆる色が道の脇からはみ出して
数分車で走ろうものならアクセルを緩め 
道路わきに止めずにはいられないし
歩き出したら いつまでも歩いてしまいそうで
いつかどこかでみた 褐色の肌に原色の色を散りばめた
地を踏む戦士の姿がかぶって見える
美しさと強さを磨く為に無限の時間を使うことを許された彼ら
海のみずは命の息吹で満ち 粘液質に身体にしみてくる
光の槍が突き抜けていく
あぁ この日 ここにいてよかった
[PR]
# by color-code | 2004-04-17 20:24 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
病者の祈り
大事をなそうとして 力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと 弱さを授かった
より偉大なことができるように 健康を求めたのに
より良きことができるようにと 病弱を与えられた
幸せになろうとして 富を求めたのに
賢明であるようにと 貧困を授かった
世の人々の賞賛を得ようとして 権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと 弱さを授かった
人生を享楽しようと あらゆることを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと 生命を授かった
求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられた
神の意にそぐわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りは全てかなえられた
私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ
- ニューヨーク・リハビリテーション研究所の壁に書かれた患者の詩 -
今年の僕は 2週間の入院から始まった
間違っても良い船出では無い 年越しと正月だった
ガイドの仕事柄 体をまともに動かせない事態に
焦りとやり場のない怒り そして恐怖で身体が震えた
病室と待合室の数十mの生活圏
窓の外の天気と壁をひたすら見続ける
毎日 壁に貼られたこの詩を見ていると 不思議と心が落ち着いた
僕は 人に宣言できるような立派な信仰を持ちあわせていない
これからも無いだろう でも こんな信仰なら
理解しようと思えるかもしれないと ふと 思ってしまった


今はもう全開で潜っています
快気祝いということで お祭り騒ぎを1枚!!

a0060407_1544893.jpg

[PR]
# by color-code | 2004-02-01 15:02 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
記憶・・・
実はここ2週間ほど、僕はショップで肩身が狭い・・・気がする。正月早々休んだ訳でも、陸でパソと毎日にらめっこしてるからでも無く(少しそうだが)、実は去る1月6日、復帰当日に川本邸で飲みまくり、スタッフ全員に、からみ酒の限りを尽くした為なのだ。

反省しようにも、記憶が無い・・・無いんだもん、しょうがないんだもんねぇーって言えない状況なのはお分かりのとおり。記憶は川本家の階段を上っていくところから、プッツリと途切れている。だからその断絶の数時間は、美香さんが次の日、事細かに解説してくれた。最初、何を言ってるのか全然解らず、記憶を無くすまで飲んだのなんて、15年位無いし、聞けばホントにからみ過ぎっていうか、完全に一番ヤバめのオヤジからみ酒状態、そんな事、まかり間違ってもそんなねぇ、BOSS相手に、しかもBOSSの家でねぇ、しないっすよぉ、ありえなぁーい。って聞き流してたらどうやら本当にしてたらしい。

数十分間悪行の数々を聞かされながら、所々記憶がフラッシュバックしてきた瞬間、僕の顔が、いや顔色が変わる。美香さんの超ポジティブな善良市民的解釈によると、私ことアツオは、その日久米島に久々に帰ってきたことが、よほど嬉しかったらしい。まぁ、そんな訳でドカドカ飲んで、絡んでスッパリ記憶を無くして次の日満面の笑みで出勤してきたのだという。完全に馬鹿だ、情けない。自分にひどくがっかりする。聞けば聞くほど思わず頭を抱えたくなってくる。美香さんは、あと5年は言い続けるよと早くも宣言しているので、言われる前に書いてしまおうと。

まず、冬場よくクジラ船に乗り込んでワッチの役目を見事にこなすタツヤ、別名「川本・タツヤペア」相手に、シーズンピーク突入前夜ということでなんと講釈を垂れ始めたらしく、出だしはなんと、おまえ等ねぇ!だったらしく、その時私以外のスタッフは凍りついたそうだ。書いてて今、自分も凍った。その後マコトの自宅パソコンのあまりの低スペックぶりを、アップ系のクスリ結構飲んじゃってるもんねぇー。 みたいなテンションで延々責め立て、深く彼を落ち込ませた後、剛志さんに向かっていきなり大マジな顔で、美香さんって、マジで綺麗っすねぇ・・・と、じっと見つめながら強く主張し、再びスタッフは凍ったという。ハッキリ言って救えないよ、もう・・・。その後、川本家の17.5インチワイド液晶、ペン4-2.5G、240Gハードの超高級機パソのバイオ様に向かい、キーボードを壊れそうな勢いで叩きながら何やら検索しつつ(不明な言語だったらしく、途中で誰かが代わったらしいが)、なんていうか、こんなん持ってても、回線がISDNじゃねぇー、ダメ、使えねぇー! おっせぇー! おっせぇーんだよっと! とパソコンを苛めだしたため、そこらへんで美香さんは、ピクピクしながら、マコトやジュンペイに目線で、もう帰っていただいてもらえないかしら光線を必死で放射していたらしいのだが、私は一向に帰ろうとしないで富永愛のHPかなんかで、彼女の脚の長さ加減を力説していたそうだ。そして私は次の日それを言われるまで、富永さんという人の存在を知らなかった。謎はどんどん深まるばかりだ。試しに今検索してみる。とても人と思えない生物の画像が出てくる・・・ノエビアのCMに出てくる女の人の絵の実写版みたいだ・・・果たしてこの人は、本当に人なんだろうか・・・横に居たら、おっかないから逃げる・・・そのくらい、すっげぇ脚だった。ちょっと待て、いつの間にファンになった? というよりいつ知った? あぁ、記憶が・・・もしかして、それってばもう一人の僕? っていうか、何番目の僕なんでしょうか?・・・あぁ、誰かぁ・・・。

そしていい加減帰ろうとなって、ハンドル握ったら確実に5秒以内に事故るくせに、俺の車ってば、どこ? どこ? と、送ってくれるマコトにだだをこね続けたそうだ。去り際も極端に始末が悪い。今、僕は激しく自己嫌悪だ。記憶が無い、今、こんなお酒の飲み方をしてしまう、しちゃった僕がとっても怖い。お酒って怖い・・・。タバコも辞めたし、この際お酒もやめよっかなぁ・・・なんて。記憶が飛んだなんて、16の時、好きな女の子の前を口説いていた後に、飲みまくって記憶が飛び、次の日フラれており、彼女の目の前で吐いてた、しかもテーブル! と友人に聞いてからトラウマとなって以後二度と無いと思っていたのに・・・。本当に反省だ、もう止めよう、絶対に。だから今回のは、僕が知らない僕の妖精がしたことにしたいんですけど・・・いいでしょうか・・・・?

ところで一昨日、久しぶりにスタッフが自宅で顔をつき合わせて飲んだ。とっても楽しい3時間ちょっとのお酒だった。問題がひとつある・・・・記憶が無いのだ・・・・・
[PR]
# by color-code | 2004-01-21 20:26 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
クジラの魔性
圧倒的な大きさを、数字で表現し、理解してもらうのは難しい。1ピコ秒といっても今ひとつピンとこない。これはやはり刹那と表現したほうが良いと思うし、そして、この言葉は数字にはなり得ない。これと同じで、ザトウクジラの巨大さを、数字で言い表すのはナンセンスだ。これは実際に見ないと解らない。バスが水中で移動しているくらいに大きいのだけれども、これは表現としては適切ではない。バスくらいに大きく、しかもその大きさの4分の1が顔で、そして生きている。そう、生きているのだ。同じ地球に、今、この私の眼の前で。
それ故、この生き物を、水中で見たときの衝撃は凄まじい。今までそれを果たした数百人のダイバーを見てきたけれども、何か変わってしまった。というより、その中の多くのダイバーが、何かにとり憑かれたと言ってもいい。その水中でのわずかな遭遇の時間、たった数秒間を、私達は一生忘れることは無く、季節が変わろうとも、ふと気が付くと頭の中にその光景が押し寄せてくる。これが何か価値のあることなのか、私はわからない。ただその遭遇の数秒、数分の時間というのは、私達が普段想像すらできない、濃密な時間なのは確かだ。だからこの巨大な生き物を、野生の状態で、身をその眼の前にさらして見る、このチャンスは未来永劫、決して絶やしてはいけないと確信する。商業目的や、人間側の論理や価値観、そのような原因でこのチャンスを自ら放棄することは、人の進歩や、他の生ける者への理解では決してないと思う。しかしこの機会が与えられる海は、もうそれほど残されていない。僕はこの事をとても残念に思います。

a0060407_1572433.jpg


クジラを見ていて常に思うのは、この生き物は、いわば、僕達の事など眼中にないのではないかと私は思う。遊んでくれた時は、たまたま疲れていたか、移動する気が無かったのか、ちょっと面白かったのか、ヒマなのか、まぁ、とにかく私達など完全に蚊帳の外なのだ。彼らは私達が思うより遥かに複雑な心理を持ち、賢いだろう。しかし私達の物差しでそれが全て解ろうはずもない。仮にクジラにとって優しいウォッチングルールなるものが存在したとして、100m以内に近付いてはいけないというルールがある(実は多くのホエールウォッチングサイトで、これと類似したルールが存在する)。
では、もし彼らが私達が近づく事にストレスを感じる時があるとするのであれば、それは数字にすると100mであると、一体誰が決めたのだ? クジラでは決してあるまい。仮に100m以上は絶対近寄らずに厳格にルールを守り、あぁ、僕ってクジラに優しい人なんだ、と思っていても、当の彼らはそんな事は心の底からどうでもいいと思ってるかもしれない。これはある意味悲劇であるし、近づいても良い距離というのは、様々な条件で常に変わるものだ。それは人同士でも一緒の事ではないか。そんな人間の作った傲慢さの見え隠れする論理のルールの枠にはまるほど、彼らは愚かではないだろうし、そのルールが細かく、厳しく人を縛れば縛るほど、その向こうの景色は偽善の色をますます濃くしていくだろう。
唯ひとつルール、基、心構えがあるとするなら、見れる、見れない、近づける、近づけないの判断は、私達がする事ではなく、彼らがする事なのです。僕は、その大きな興味深い生き物を、もっと真近で見たいという、僕の中の欲求が叶えられればそれで幸福です。その気持ちは汚く、ドロドロしたものかもしれない。でも僕は、彼らに私達の言葉で言うことがあるとするなら、ほんとにゴメンな、チョット立ち入らせてな。のあと、邪魔したな、でも又来る、悪いけど来るわ。この二つでいいじゃないかと思う。乱暴な物言いかもしれない。しかし一度、その瞬間に立会い、乗りあった人々の、ボートに上がってきた瞬間の素晴らしい表情を見てしまったら、理屈など全て吹っ飛んでしまうのですよ。あの時の人間達の顔というのは、彼ら、ザトウクジラと同じように、皆さん、本当に素晴らしいのですよ。
私も彼らの魔性に取り憑かれてしまった一人です。大きいものはいい! ただただ・・・・素敵だ、なんて素晴らしい!!
[PR]
# by color-code | 2004-01-01 15:04 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)








a0060407_1261680.jpg

水中に虹をかけたくて、チョウジガイの仲間の貝殻をレフに使ってみる。予想以上の仕上がりで満足。
[PR]
# by color-code | 2003-12-13 12:05 | Comments(0)