ハラスメント
フラッシュの熱というのは、魚にとっては熱線のように熱いに違いない。水中でストロボの前に手をかざし、シャッターを切ってみると、それは私達人間でさえ、良く分かる。マクロ撮影時に、ストロボから僅か数センチの距離からそれを幾度となく照射される被写体の身になって考えると、それは拷問にも近いかもしれない。高倍率で、3灯、4灯のストロボとなれば、鈍感な私でさえ、その灼熱の瞬間が容易に想像がつく。
と思ってしまうと、とてもシャッターを押せなくなってしまうので、僕は水中で撮影するときにその事は頭の隅にも考えないようにしている。フィッシュハラスメントという言葉も生まれた。しかし私の中では今のところ、狩猟の楽しみのほうがそれをはるかに上回るので、他の生き物には大変申し訳なく思う事もあるけれど、暫くこれを辞めるつもりはないのです。僕は人間であるからして、他の諸々の生きるものに思いを馳せる事は出来ても、彼らにはなれないし、残念ながら代理にもなれない。彼らの気持ちと同化しようとする事だけが、彼らを理解する事に繋がる訳ではおそらくないだろうから。しかしこの姑息な言い訳は、どうやらあと20年も続かないのだろう。
初めて薄暗い部屋で、ビュワーにあかりを灯し、上がったばかりのスライドを並べ、あの色の洪水を見たときの驚きは今も忘れない。あの手のひらほどの光輝く板にのせられた数枚のマウントは、このような色が、一体何処の世界にあったのかと思うくらいだった。しかし最近、1ロール丸々1つの被写体で撮り切ったスリーブを並べ、その彼がコマのほとんどに、まさに怒り心頭の顔をしていたのを見たときに、少し驚くと共に、柄にもなく先に書いたような、そんな事を考えてしまった。下に写るシロオビハゼが、その彼だ。1時間近く彼の巣穴に覆いかぶさり、36回の熱線を浴びせ続けたのだ。36枚の大半に、この顔が映っている。僕には、この顔は、どう考えても怒っているように見える。
以前に出会った深場のイズハナダイの仲間も、ちょうどこんな眼で、私を見ていた。大深度という限られた時間のなかで出会ったトピックスに、喜喜として彼を追いかけ、もう何処にも逃げられない小さな穴の中に追い込み、いよいよ撃鉄をおろそうとした時の、ターゲットライトに浮かび上がった彼は、鱗も数枚剥げ、肉が露出していた。この先、彼が無事で生きていけるような傷だとは思えなかった。重苦しい対峙が長く続いた後、私はおもむろにシャッターを打ち尽して、逃げるように水面に上がったのだった。何故そうしたのか、今もわからない。そのポジを見る度に、僕は頭の奥のほうが重く、なにか窒素の味がじわじわと脳に充満してゆく気分になる。

a0060407_1582490.jpg


何も魚ばかりの話ではない。誰かを撮るという事も、僕には更にむつかしい・・・。沖縄のオバァの顔もそうだ。彼女たちは、泣くように笑う。数年前に気がついて、よくよく見るようになったのだけれど、見れば見るほど、彼女達の顔は、泣いているように見える。このなんとも複雑なあの笑い顔が僕は好きだ。しかし、何故泣いているように見えるのだろう? いつか満足いくように絵に収められればいいのだけれど、撮れるのは、その答えが見つかった時なのだろうか。それは多分、ずっと先のことのような気がする。いや、もしかしたら、それはもう先程、気付かずに通り過ぎてしまったのかもしれない。
[PR]
# by color-code | 2003-12-01 15:07 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
「今日のダイビングは、これでキャンセルさせてください。」
込み合う数年前の夏の連休中、2本目にトンバラを潜ったあとに、数年前の同僚、トオルが一緒にその時潜ったダイビングショップのオーナーに言われた言葉・・・。

彼がその話をしたのは、連休が終わり、少し落ち着いた日の夜のアパートでだった。トオルは、今思い出しても、切れ味の鋭いガイディングをするチーフガイドだった。その日のトンバラは、彼が言うに、非常に良かったという。彼が言う良かった、は、本当にかなり良かったという事だ。その直後にショップのオーナーからの突然のダイビングキャンセルの申し出、正直なんで?? と、トオルは思っただろう。そのあと、そのオーナーは、言葉短く、こう言ったという。「今回のトンバラはすばらしかった。これ以上のトンバラは、今日無いでしょう。だから、今日はこれで終わりにします、最高でした。」

僕は、ガイドに対する賛辞の言葉の中で、これ以上の言葉は未だ思いつかない。トオルにとって、その日は人生の中でも最良の日のひとつとなっただろう。僕はその話を聞きながら、彼のことをすごく羨ましく思っていた。ガイドが一生に一度、出会うか出会わないか、そういう言葉だ。彼はそれを話しながら、うれしそうな、何か苦虫を噛み潰したような、複雑な顔をしながら僕と一緒に酒を飲んでいたのを、今でも鮮明に思い出す。

今年最後の連休が昨日、終わった。海上風速15メートル近くの強い北風と、時折降りしきる雨、残念ながら間違っても良いコンディションでは無かった。その中で、出来る限りの仕事をし、夜にロギングをしに、ゲストの集まる居酒屋へ行った。ひとしきり、海の話題が続いたあと、少し離れた場所に座っていた年配の女性のゲストが私に振り向き、こう言った。塩入さん、今日のガイドは艶っぽかったわよぉ。

僕はしばらく、返事が出来ず、数十秒黙ってしまった。うれしかった。何をしたわけではない、でもその人は、そう言ってくれた。ガイドにとって、これほどのほめ言葉もまた、無い。僕はこれから先、これだけの言葉をゲストから頂くことは、数えるほども無いだろう、いや、もう無いかもしれない。僕は、週十秒黙り込んだ後、ありがとうございますとゆっくり言い、深々と頭を下げた。

もう一度言ってもらえるように、もう少し、がんばろう。
[PR]
# by color-code | 2003-11-24 20:27 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
京都よ・・・
事務作業中におもろい事がありました、京都の学生と話している時に。

案内状送るから教えて。と、住所を聞いてみる・・・長い・・・長すぎる・・・。どうして京都の住所はこんなに長いのだ?? しかも最後には「西入る」とか、「東下る」とか説明入ってるし・・・オイ、京都よ、その説明を簡略化するために番地というものがあると思うんですけど・・・。そんなこんなで半分キレぎみに住所を聞き出す。その一例がこれです。「京都府京都市上京区今出川通大宮東入2丁目西船橋町アクシルコート堀川今出川○○○号室」・・・

これは呪文だ・・・結界を張る呪文だ。と言いきかせながら書き留めたが、何故マンション名までこうも長いのか、はなはだ疑問だが、とりあえず写経の気分は満喫できる。4.5件書けば、般若心経が出来てしまう。とりあえず、京都ではがきの宛名手書き請負の仕事だけはすまいと心に誓う。という事で、若健(読み:ジャッケン ・若年性健忘症の略・ちょっとタイムリー・若くて健康、ではない・僕は前向性)の僕は、京都市内には住めません。転勤しても自分の住所は絶対覚えません、いや、覚えられません。それに、ここで生まれた子供は高校生まで自宅の住所が書けないと思うぞ。更にはがきが、あたり一面住所で埋まってしまうじゃないか・・・無理! ギブです。

で、姓が武者小路だったりして・・・・ダメ、エンドレスだわ。
[PR]
# by color-code | 2003-11-02 20:29 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(2)
眼前にある危機
1998年の世紀末にあった世界規模のサンゴの白化現象の年、僕はその光景を、ここ久米島ではなく、別の島で見ていました。3ヶ月の間に日増しに深刻さは増し、あの広大なサンゴ礁は、毎日潜っている私たちの前で、廃墟に変わっていきます。保護区のサンゴの素晴らしさが好きだった常連のゲストは、とてもいたたまれず、見るに絶えないと、そこに行く日にはダイビングをキャンセルしていました。この凄惨な光景を見続けなければならなかった僕は、これを新聞やTVではなく、自分の眼で焼き付ける事には、なにかきっと意味があると自分に言い聞かせ、ゲストにもそう言い続け、毎日潜りました。
そしてその年の末に久米島へと降り立ち、潜った瞬間に自分の眼に飛び込んできたのは、それに倍するとてつもない量の、サンゴ礁の白化の傷跡でした。この島であの数ヶ月を経験したら、私はガイドの仕事を続けられただろうか。そう疑わしく思うほど、その光景は凄まじかったのです。
あれから5年が経つ。台風は1、2年でその死骸の藻を洗い流し、角を取って丸い岩にした。数年前に着床した新しい命は確実にその勢いを増し、去年から眼に入る若いサンゴの種も爆発的に増えだし、互いに勢力圏を争いながら急激に成長を続けている。今、海の中は若いサンゴの息吹で満ちている。しかし、今年は新たな白化の危機でもあった。6月に一度来ただけの台風は、7、8月になっても一向に発生せず、見る間に水温は表層で31度を超えた。それは1ヶ月半以上続き、若いサンゴ達は再び一斉に白化をはじめたのだ。
あと2週間、台風が来るのが遅かったら、今、悠長にこのような事は書いていられなかったかもしれない。もう駄目かもしれないと、頭の奥のほうで警戒音がけたたましく鳴っていた頃、2回続けざまにやってきた台風の直撃によって水温は27度まで落ち込み、危機は去ったのだ。今、白化した彼らは、凄い勢いで復活している。みるみる元の健康な色を取り戻している。その速さには改めて自分も驚いた。そしてサンゴはそんなにやわではないのだと、少し安堵している。来年の夏もまた、どうなるかは解らない。でも、ガイドでいる以上、これから眼はそむけられない。ずっと見ていこうと思う。
写真のイソギンチャクは、98年、そして01年の本島付近の暖水塊の接近、今年の水温上昇、いずれも極端に色を落としたが、無事に生き残っている内海の僕のお気に入りのイソギンチャクです。そのポイントに行く時は、必ずこいつに立ち寄って、様子を見ます。今年もしぶとく生きてくれました。来年も、再来年も、ずっと会えると信じています。
写真は彼が高水温と戦っている最中のものです。黄色であったり、白であったり、時にほんの僅かの期間、一部分が画像のように青くなったりします。今は綺麗な黄色です。数ヶ月後には、元の健康な茶褐色へと戻るでしょう。だから、もうこの蒼の色は撮れません。もう一度、撮りたいという、ドロドロしたものが、僕の心にはいつもあります。でも、できればもう一生撮れないほうがいいのだと思います。

a0060407_15115039.jpg

[PR]
# by color-code | 2003-11-01 15:11 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
強さ
一昨日、久米島の南側、アーラ浜に、2頭のオウギハクジラの仲間が打ちあがった。この属は、まだ生態が不明で、比較的沖合いの深い場所で生活しているらしく、普通、近海で見ることはない種です。海人のボートに付いて来たらしく、そのときは既にかなり消耗しており、サメが隙を覗っていたらしい。そのうち1頭は、浜の浅瀬で絶命し、付き添っていた別の1頭も同じ運命をたどる。一昨日の朝、第1報を聞いたその足で浜に向かったが、満潮で彼らの亡骸は再び水中に戻っており、発見はできずに帰った。その数十分後かに、イタチザメが彼らの肉を喰らいに水際までやってきて、その瞬間には血しぶきが高く上がったという。その画像は私より少し遅れて浜に来た、琉球新報通信員の盛長さんによって撮影され、新聞社のHPでも見る事が出来る。

昨日の昼に浜に引き上げられた彼らは、4.5mほどであった。身体のあちこちに、イタチザメの鋭利な切り口が見える。大きな歯型がハッキリと確認できた。1頭は、頭を丸ごともっていかれていた。カメを甲羅ごと2つに割ってしまうイタチザメである。そんな事は朝飯前だっただろう。しかし彼らが食べた部分はクジラの身体のほんの一部であり、1頭はほぼ無傷といってもいい。それを確認してから、なんと無駄な食べ方をするのだ、このような襲い方をするなら何故2頭も殺す必要があるのだと、彼らの所業を少し恨めしく思った。水族館の研究員の方々は、熱心に身体の部位を見て周り、種の同定を試みていた。この属は殆ど分かっていない、ある意味貴重な研究対象である。膨大な費用をかけ、フェリーで研究所に搬送するか、そのまま埋めてしまうか、それは研究員の同定にゆだねられている。彼の眼は真剣だった。数時間経過しても、同定作業は終わらなかった。

私が最も印象深かったのは、クジラがサメに襲われ、打ちあがった事も、イタチザメの歯の物凄さも勿論そうであるが、彼らの亡骸の一部分、それもイタチザメが奪い取った部分より遥かに多い肉の部分が、既に島の人々の手によって鋭利な刃物で切り取られ、持ち帰られていたという事だった。報道や、昨今の感情から見ると、憤慨する方も数多いだろう。だが、それを見た瞬間に私が感じたのは、全く別の事だった。彼らは報道、研究員、官公庁がそれを知るよりはるか前にそれを察知していたのだ。そして波うち際、それも大量に血液が流れる、当然サメが集まってくる可能性のある中、おそらく陽の差さないくらい時間帯に、クジラたちの肉を解体し、自らの糧として持ち帰ったのである。強い日差しが照りつける中、彼らクジラは徐々に腐臭を発し始めている。もし仮にここで、肉がいっぱいあるよ、どうぞ好きなだけ持ち帰りなさい、と、誰かが発したら、誰か持ち帰るだろうか。この骸をそのように考え、処理しようと思える人間がこの中にいるとは思えなかった。その時、闇に紛れてその肉を自ら喰らう為に、危険を十二分に承知しながらこの地球のことわりにそって、かれらの肉を持ち帰った島の人々が、すごくたくましく、知的で、なにか人間という動物のもの凄さを感じさせたのである。

人間って、強いなあ・・・・。
[PR]
# by color-code | 2003-10-01 20:33 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(2)
どうなんでしょう、レアってば・・・
G-SHOCKという時計を数個持っている。貧乏人で物の扱いの手荒い私にはピッタリの時計だと、今でも思っている。黒ゴムに金メッキという、成金趣味と紙一重で成立させた、今でも褪せることの無いグレートデザインだ。10年ほど前、片田舎のアメリカ屋で40%OFF(14,000円位)で買ったそいつは、その数年後、定価の5倍の値で取引されるようになる。安くて頑丈が身上のこいつがレア物のトップに躍り出てしまったのだ。しばらくして、気に入っていたそいつは腕に付けられなくなった。10年後にはまた腕にはめられるだろうと思う。今でも私のお気に入りなのだから・・・。
おっと、こんな話をしている場合ではなかった。レア物というカテゴリーが、いかに広く、もろく、時にナンセンスで、はかないものかを言いたかったのです。下の写真、久米にしばらくいた、ハナゴイに1匹だけ混ざるパープルビューティーです。普通、この海域にはまずいない。実はこの手のもの、私はかなり、いや、大好きなので、今回のこの文の趣旨自体、どだい無理な話なんですが、とりあえずうっちゃって続こう・・・。さて、これをレア物といって、もてはやす事は簡単であろうと思う。ただ、フィリピン辺りに行けば、それこそ五万といるこの子を、久米ではレア物の烙印を押してもてはやし片付ける、というのは少々安易であろうとも私は思う。ゲストにその裏にある様々な可能性にまで、想いを馳せてもらってこそ、この状況でのレアという言葉は成立するのだから。
数ヵ月後、彼女は予想通り、このコロニーから姿を消した。彼女の行く先は、私にはただ、想像するのみである・・・。レア物と呼ばれる魚には、意外とこのケースと同じ、あるいは銘のみが先行して語られる場合が多い。正直、何かが微妙に履き違えられている、と私は感じる。と共に、この手のものが、超大好きな私が心の中で騒ぎ立てる矛盾と格闘してもいる。では固有種はどうか? しかしサクラダイはレア物なんだろうか? ユウゼンは? この両種が生息する可能性が極めて薄い海でガイドをしている私にと、っては、両方とも涎ものの生き物、でもやはり、ちょっと違うだろう。こうして考えていくと、私にとってレア物の定義は少々狭くなる。

・ヤバイくらいに深いところにしかいない。そこに行かない事には見れない。
・ガレ場の奥底、とてつもなく悪い透明度、泥、そんな観察しづらい状況に生息し、見るためにダイバーの技術と高いテンションが不可欠。
・種的に極端に弱い、数が少ない。
・正真正銘レア物である。が、あまりにオタクすぎて、誰もついて来れない・・・。

他にもあるけれども、多分このあたりだろう。あれ? 狭くないか・・・。この条件が場合によっては複数当てはまるはず。さて・・・・本当に見たいのか?? 上記の諸々の悪(?)条件を力技でねじ伏せ、しかしゲスト側から見ると、実にあっけなくサラッとやってのけ、何かしらの感動を与える事の出来るガイドというのは、実はそれほどいないと思う。執筆陣の方々は、勿論皆様そうだと思います。常に人に隠れて努力をし続けなければ、出来ない事ですから。幾多のガイドは、私も含めてそんな先輩諸氏の背中を「こりゃ、とてもじゃないが、追いつかん・・・・敵わんぞ・・・・そろっと止まってくれないだろうか・・・・。」と、極秘に頭の片隅で思いながらいつも追っているものです。しかし、それを成立させるには、ゲストにはそれなりの心構えも必要なのもまた確か。さらにその両者のバランスは、常にうつろい、そして危うい。

a0060407_15123738.jpg


では、それでもダイバー誌のあらゆる場所に顔を出すこの「レア」という文字は一体何なのか? この本文でも、もう既に10回近く登場してしまった・・・実は少し、いや、大分嫌になってきた、この言葉。綺麗、可愛い、いや、面白い! で済まないものか。私はハナハゼの妖しいあの姿が大好きだ。沢山居るけれども、それは私にとって好都合でしかないし、彼ら、彼女の妖艶さを決して貶めたりはしない。たとえば彼らがとっても少なく、水深がとても言えないような場所にしかいないとしたら、マニア垂涎のレア物と呼ばれるのだろうか・・・。話が少しずれるけれども、少し潜りこんだフォト派のダイバーに話を聞くと、意外な事が解る。

・ニラミハナダイのポジは持っている、しかし、ハナゴイは撮っていない。
・シコンハタタゼハゼはある。しかし、ハタタテハゼは、まともなものが無い。
・棚上の超普通種のスズメダイ、ベラ達の名が、どうも浮かばない。
・小物はいい、必要ない。でも珍しいなら見てもいいかな・・・?
・クマノミはもう撮りたくない、いらない。が、よく考えると満足いく絵は持っていない。

もし2つくらい当てはまってしまったら、これはいかがわしい世の中の何かに騙されてるとは感じませんか・・・? 美しいものを感じる、海を感じる、この目的にとって、これが弊害でなくてなんだろう? ノンダイバーから見れば、失笑されてしまうかもしれない。でもこれはよくある、いや、かなりの高確率である事です。久米の浅場は、超普通種、アカナハナゴイやハナゴイがそれはもう、凄い量でいる・・・いつ見ても、眼を奪われる。数メートルの安全停止水深では、ゼブラハゼが、鰭全開で、それはもう、視界を覆うほどいる。そしてその間をヤンセンニシキベラや、ハコベラ達のあらゆる成長ステージが一目で解るほど泳ぎ、彼らのハイブリッドも容易に眼につく。
またすこし話がずれるが、久米の海には、季節を問わず多数のプロカメラマンの方々が撮影に訪れる。アシストをしていて印象に残るのは、歴戦の兵のプロカマラマンの方々が、少なからず足を止め、喜々と撮影するのが、超普通種、アカネハナゴイの雄の群れであったり、ハナゴイの群れなのである。これを単なる押さえの絵と考えるのはあまりに浅はかであろう。この意味するところを、自分はよくよく考えなければいけないと思っている。そしてそれは、より進化したガイディングのひとつのキーとなる事を確信しているのです。

a0060407_1514099.jpg

[PR]
# by color-code | 2003-10-01 15:12 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
イザリウオの、あんまり使えない話
ダイビングをはじめて間もない頃、一番のお気に入りは、お約束のイザリウオの仲間だった。それは年月を経た今でも変わる事は無いのだけれど、その頃私が何故この魚に惚れ込んだのかいえば、エスカとイリシウムでも無く、その風貌でもなく、その驚異の捕食スピードでもなく、勿論和名の由来でもなく、胸鰭の基部に設置された、鰓口だった。口と鰓と連動して自在に可動し、噴射し、尾鰭を動かす事無くホバリングし、移動する。そのハイテク戦闘機のような装置に、私がマジンガーZを見ていた頃のように狂喜したのは当然のなりゆきだったかもしれない。ここだけ私のツボにはまってしまったのだ。
それからというもの、鰓口というその部位の名称をとんと知らなかった私は、バフゥゥー!って水出すから、バフゥー管! これでよし! と勝手に命名し、イザリウオを見つけるたびに水中で、「ねぇ、ねぇ! バフゥー管、見える? 見える!? 撮って、撮ってぇ! 顔、いいから、要らないから。後ろ45度からこう・・・」等とふざけた事を今でも叫んでいるような、真性の鰓口フェチになってしまったのだった。その後数年を経過、私はイザリウオのフォトストックというものに今ひとつ乏しい。理由は、「ほぼ鰓口しか撮らない」からである。足フェチなど、これに比べれば可愛いものだと自分でも思う。そのうち鰓口だけ見て、これは○○イザリウオですね!・・・出来ん。さて、下の写真は、最近の私のヒット、いや、バカ作、綺麗なエナガイザリウオの鰓口です・・・最近は、こいつが鰓口を出力MAXで使用し、砂煙を上げながら頭上に吹き上ってゆく絵をバック黒抜きで撮れんものかと悪戦苦闘していますが、どうも満足に撮れません。どなたかお持ちでしょうか?・・・皆様・・・バカだと思って軽く流してやって下さい・・・。

a0060407_15174672.jpg


イザリウオって、タコ並に変形するかもしれない・・・。と、思い始めたのは数年前の事だった。とあるダイビングポイントに、小さな根があった。そこには体長十数センチのソウシイザリウオが住み着いており、日中は発見できず、おそらく根に無数に空いた穴の奥にいるらしかった。彼は、いつも日没直後に出勤する。いつも決まって3センチ程度の小さな穴から顔を覗かせ、そのまま大きな顔を、その穴の輪郭に合わせてカパッとはめ込み、その後熱心に、グハァァァ・・・っと口を開けたりしている・・・バカっぽくて大好きだった。それでいて、きちんと出勤時間は守る。パチンコの開店には徹夜明けでも出勤するセミプロのようだ・・・ふと疑問がわく。こいつはこの根から、一生出ないんだろうか? そう思った数日後、彼は私の疑問に答えるかのように、3センチの穴からどう見ても5センチの高さはある顔をグニっと変形し、そのまま胴体を抜き、イリュージョン並の抜け技をやってのけたのだった。
その光景が頭から離れなかった私は、最近、決心をし、とある行動に出る。ガレ場の礫の奥深くに日中は潜んでいる事が多いイザリウオモドキを、引っ張り出して1時間近く、私と遊んでいただいたのだ。正直、ここにしか書けない事でしょうけれど。イザリウオを引っ張り出して、要は1時間苛めてたのですから。でも結果、彼の協力で面白い事がわかりました。イザリウオモドキに限っていえば、もう駄目・・・どうやっても逃げられん・・・。と観念した瞬間、多くのクモガニの仲間と同じように、擬死行動とも見える行動を起こします。下の写真がそうです。普通、彼らの顔はイザリウオの仲間の中でもトップクラスのデブ顔で、正面顔はものすごく可愛いのですが、限界を超えるとハリセンボンのように、膨らむのです。これは比喩では無く、完全に球形に変形します。丁度、魚が死に、ガスで身体が膨れたような、少々グロ(?)な形です。尾鰭は写真のように、身体に沿って丸め込まれ、小刻みに尾鰭を動かし、バランスを取るのみ、その膨らむまでの所要時間、3秒程度。そのまま地面に着いたらもう、表になろうが裏になろうが関係なし。全く無抵抗。うねりに任せて地面をゴロンゴロン・・・・そのまま死体のまま・・・30秒ほどたった頃でしょうか・・・、膨らんだままゴロンと仰向けに寝ている彼が、じぃぃーっと私の様子を覗っている・・・。「まぁ、そろっとOK・・・かな・・・?」と言ったかのように、しゅるしゅるとお腹をへこませて(この間10秒程度。あの膨らむお腹には何が入るのか・・・そんな基本的な事を、私は知りたい・・・)、とっととガレ場へと逃げていくのでした。私はこの光景を見て、これでまた新たにイザリウオに豪華スペックが追加された事を確信したのでした。スペック名「かなり変形可能」。
そういえば、2年ほど前、どう考えても入らないと思われる体高の半分にも満たない穴にスルッと入り込み、途中で穴が終了、尾鰭だけバレバレのイザリウオモドキかムチイザリウオも見た気がします。ただこれは、イザリウオモドキの様に、カイメンや岩の表面にへばりついて擬態をするのではなく、ガレ場の礫が詰まった奥に生息している事が多い、という、生息環境がそうさせているのかもしれませんから、例えば体長20センチのオオモンイザリウオがそうするか? といわれたら、何とも解りません。

a0060407_1519173.jpg

a0060407_15192158.jpg


面白い隠れ方といえば、ヒメヒラタイザリウオもなかなか笑える隠れ方をします。普通、カイメンや岩、サンゴの間などに胸鰭をくっつけ、擬態している事の多いイザリウオ達ですが、このヒメヒラタイザリウオは、その和名の通りの極端に平たい身体を利用して、時に反則的な擬態をします。浅場などで岩を裏返すと、その下に砂に半分埋もれて横倒しになって寝ているのです! 初めてそれを見たときには、彼は案の定ピクリとも動かないので、岩で潰してしまったか!! と、心の中がかなりドス黒くなりました。が、眼がジロッと僕を見て、のそっと起き上がったのでホッとしましたが。これはその時の写真で,わざとかなり遠めに撮ったら単にガレ場遠景になってしまい、困りました・・・。実はこの上に更にもう2枚、巨大な石が積んでありました。オイ君、こんな隠れ方されちゃぁ、敵わんよ・・・。

a0060407_1520320.jpg

[PR]
# by color-code | 2003-09-01 15:15 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)