祭りはどんな土地であろうと心が震える 胸が軋む
記憶は決まって 赤で染まっている これからもきっとそうだ
限られたその日だけの永遠 太鼓の音は絶やされることが無い
彼らは 何かの拍子に 広場の端からいつもふいに現れる
そして音色だけを残して闇へと消えてゆく精霊の集団

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燃える腕はしなやかに夜空へとしなりながら伸びあがり 飛ぶ
地鳴りの音とともに 赤い地に両足が突き刺さり 跳ねる
重力を 月の光を 自在に動かす者たち
粘液質な夜の花の香り 心臓の脈動で島が揺れだす
鼓動はあまねくひろがり 地も脈打ちだすころ
伸び上がる腕とうねる足は果てなく続き
褐色の渦となって 南の海を越えよ
地と空に溶け エイサーを舞い 刻から放たれる者 来たれ

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# by color-code | 2004-11-01 14:02 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
サトウキビ畑と僕の子供の頃の記憶
子供の頃の台風と言えば、川の氾濫の記憶しかありません。何回か、決壊寸前まで行き、土嚢を積みに、大人が豪雨の中総出で出動していました。毎年街に3.4本かかっているどこかの橋が流され、架かると2年後に流され、そのうちコンクリートじゃなくて手抜きの木の橋になり・・・という感じでした。

大人になってからは、マンションの1階に住んでいるときに、前の河川が決壊していたらしく、朝起きてあまりに周りがシィィィーンと無音なのに気が付き、ドアを開けて外に出ようとしたら空かず、ドアの覗き穴から外が見えず、実は濁流にマンションごと囲まれていて、ドアの外は自分の背丈くらいに水の中、そりゃ覗き穴から見えねぇよって、その時は気が付かず、その5秒後くらいにバスタブから鬼のような濁流、あっという間に首下まで浸水・・・って事がありました。悲惨ですよー床上浸水は。家財が全てパーです。下水の水のせいで、水が引くと強烈に匂いますし。その時、一番大事なものだけでも水から防ごうと、友人に左手で受話器を持ってTELしながら右手に持っていたのは、スーパーファミコン本体と、ファイナルファンタジー4、だったのがなんとも悲しかった思い出があります。一番に守るもの、スーファミかよ! って・・・・。

そもそも時間60ミリの雨で、機能がマヒする街というのは、街としてどんなもんかと思いますよ。排水だって、決壊しない、させない事を最優先させて、海に対して垂直に1直線に流そうとするし、あんなことするから魚が休めなくなる。自分の田舎も子供の頃は、川は曲がりくねっていて、鯉や鮎が沢山住んでいました。まっすぐの綺麗な堤防にしてからは、鯉なんかはほとんど釣れなくなりました。自分だってそう思う、直線の、流れが均一で休む場所も無い川になんぞ住みたくない。生活排水も、土砂も、土壌でゆっくりと吸収され濾過されることも無く、海へ流れ込みます。

沖縄といえば、青い空、そしてサンゴ礁、ハイビスカスに、一面に広がるサトウキビ畑でしょう。久米島も、あたり一面にサトウキビ畑が広がります。青い空をバックに広がるキビ畑は、それはそれは見事で、これを見て、やっと沖縄に来た! って思うゲストの皆さんも多いでしょう。キビの収穫というのはお盆のようなもので、ほぼ年中行事に近いものがあり、沖縄出身の内地在住者の休暇の理由が、キビの収穫に呼ばれた、というのは、旧盆に帰らないと、というのと同等に強い動機なくらい、この作物は沖縄に根付いています。でもこれだけ大規模なキビ作りがされ始めたのは、実は戦後の事で、意外と歴史は浅いのです。農地改革が戦後の日本政府の音頭で強力に推し進められて、今の沖縄の風景のイメージが出来上がったわけですね。しかしこの事が、深刻な事態を巻き起こしているのです。お気づきの方も沢山いらっしゃると思いますが、赤土問題です。

赤土を流出している元凶は、開発にあると、沖縄にくるまで思っていましたが、実態は全く違い、開発によって流れる土砂は、農地から流れる土には足元にも及ばない量です。 いままで、曲がりくねってスパイラル状に流れながら、濾過され、土を別な場所へ適度に運び、最終的に清浄な状態で海に流れ出た水が、今は直線状のコンクリートの側溝を通って一気に海です。遊水池も沈殿池」も、あんなの無駄です。赤土は、コーヒーのペーパーフィルターなんか、何枚重ねたところで完全に通り抜けます。すごく粒子細かいんです。沈殿なんか、すごく遅い。でも、それを責めることなど出来ません。政府の政策なんですから。水田も昔は沢山あったそうです。でも今はほとんどありません。区画整理も含めて、キビを最も栽培しやすいように、国を挙げて補助し、推進したのですから。後戻りがとてもしづらい状況です。側溝の構造から変えていかない限り、つまり、物凄い費用を掛けて土木工事をして、根本から変えないと、解決しないのです。そのお金は、今、日本には無いでしょう。美しい沖縄のひとつの象徴、サトウキビ畑の裏には、こんな一面もあるのです。
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# by color-code | 2004-10-12 20:14 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
楽園









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島のお気に入りの浜にて。 この場所は本当にごきげんなのだ。お世話になってます、ハイ。
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# by color-code | 2004-10-08 10:55 | Comments(0)
偉大なる決心
ウミウシの仲間は、自らの身体に卵巣と精巣を持つ、古の神々と同じ、両性具有の存在。遥か太古に、彼らはたった一人で自らの子をなし、自らの種を長い間守り続けていたのかもしれない。他人に頼る事を知らず、我が子、いや自分を大量に、無限に生産し続けたのだろう。この不毛さが、私には不気味な程よくわかる。自分以外に仲間がいない世界・・・孤独。そして自分にもし、致命的な欠陥があれば、それは即座に種(自己)の滅亡を意味するその恐怖・・・理解者など、一人もいない・・・無限の自分だけなのだから。神は常に完璧を科せられる悲しき存在なのだろう。私なら、正気ではいられないし、欠陥だらけの体躯と弱い心・・・そんな自分をつくづく幸運だったとおもう。そしてある時、彼らも自分のプライドを捨て、大きな賭けに出る。交接管を通じて、他の者達との、卵子と精子のやり取りを始める・・・神々の座を自ら捨て去る賭け。彼らは貝殻という、強固な城砦すら長い時を超えて捨て去った。彼らを見ると、捨てるという行為は、何かしらへの進化への必須な犠牲のような気すらしてくる。僕達は今、一体何が捨てられるのだろう?

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自分という愛しい完全な存在を捨て、他者の悪いところも良い所も全て受け入れる。特にデメリットの方が大きいであろうこの行為は、大きな冒険だったに違いなかったでしょう。「私は、あなたの悪い所や、良い所、それら全て一切を受け入れようと思います。そして、私のものもどうか貴方に受け入れて欲しいのです。そう、良いところも悪いところも全て・・・。」この極めてシンプルな意識から始まった交接の行為は、それは結果として彼らを滅亡から守り、様々な海の宝石の数々を生み出す事になる。それは神の領域に属していた彼らが、私たちとは違う形にせよ、性というものを持ってしまった結果でもあるのだろう。私たちが、彼らから学ぶ事は多い。彼らを見ていると、離婚の原因として挙げられる、性格の不一致などという言い訳が、どれほどナンセンスかよく解かるし、子孫を残す為に悠久の年月を経て造られた、交接(交尾)という儀式の素晴らしさや神聖さ、苦悩、無限の快楽、そして汚濁・・・思いを馳せずにはいられない。宗教というのは、とある者を信じる事だけではない。こんな小さな生き物たちや私達、全ての存在する物の内にしっかりと在るのだと強く感じる事ができるし、汚れたものがあるから美しいものがあるのだという事を、私、私自身は今ここに、確かに存在していてもいいのだということを認めてもらっているのでしょう。偉大なる何者かからきっと・・・それはおそらく神ではないと感じています。なぜならウミウシから学んだのです。彼らは望んで神々の座を捨て、私たちの場所まで降りてきたのですから。

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さて、話は変わりますが、オオエラキヌハダウミウシの産卵の光景です。多くのウミウシが、まるで水中に咲く花のような、芸術的な卵塊を作り上げます。このウミウシも、丁度その最中でした。卵が一列になって格納された、透明な粘性のあるチューブのような卵塊の帯を、自分がその周囲を何週も周回しながら、大きな卵の輪を作っていきます。その日は、このウミウシと出合った内海にも、大きなうねりが入り込み、ウミウシもうねりに何度も吹き飛ばされそうになりながらの産卵でした。この種は卵を産む時に、意外と大きな輪を描きながら産んでいくので、卵の入ったチューブも、うねりで大きく左右に揺れます。でも最終的にはきちんと花のような卵塊を形作るのです。

不思議でした。彼らはまるで、数十秒後にやってくる、うねりの大きさや方向をわかっていて、それを見越した上で卵を産んでいるのではないかと思えるほど、その時はグチャグチャに産んでいるようでいて、最後には上手くまとまっていくのです。仮に自分がこの卵の入ったチューブ状の管を持たされても、この激しいうねりの中、絶対にこんなに綺麗に形を作れないです。彼らは先に書いたように、この先、どのようなうねりが来るのか、ちゃんと予知しているのでしょう。そうでなければ、目の前のこの卵の花は間違いなく作れないのです。そしてそれは、決して超能力なのではなく、生き物としては当たり前の、持って生まれた必要な能力なのでしょうね。このような光景を見ると、人というのは、何と多くの能力を捨て去ってしまったのかと思います。

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# by color-code | 2004-10-01 14:42 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
燕郷房-ヤンキョウファン
今日はひとつ趣向を変えまして僕が敬愛してやまない成田さんが腕を奮う那覇の中華料理屋、『燕郷房-ヤンキョウファン-』を紹介しましょう。

関係ないじゃんって言われるとかなりヘコむんで、そこところはどうかご勘弁を。 初めてここを訪れたのは昨年の事。麺を一口食べて、僕は冗談ではなく、感激して数秒間、天を見上げたのでした。その後のことはあまり覚えていないのですが、一人終始満面の笑みで数種類の料理を完食した後、忙しそうにしている料理長の成田さんの腕をつかまえて握り締め、深々と頭を下げてお礼を言ったのです。

それ以来からのお付き合いで、那覇に出向くときはどんなときであろうと立ち寄る、僕が通いつめる唯一の食事処なのですね。ここで食事をするために、那覇-久米間の往復の飛行機運賃を支払うことは、僕にとって全然痛手ではありません。それくらいに愛しております。都心の高層ビルの中にあるいわゆる高い中華料理屋さんが、僕から見ると申し訳ないですが、全然遠く霞んで見えます。そして、これは僕の感ですが、相当にマジで当たっていると思います。

では僕のお勧めを。とりあえず全部なんですが、坦々麺と、鉄鍋餃子、杏仁豆腐、これだけは何が起こっても外さないことをお勧めしておきます。お茶もかなりイケます。あとは・・・・全部です。あとホールの姉さま達の接客、そこらの食堂やホテル飲食関係、その他諸々皆が修行に来て見習うべき笑顔と応対と美貌、テーブルの継ぎ目を来客の度にミリ単位で修正する細やかさ、数ヶ月に一度の来訪を、笑顔と名前付きでしてくれる彼女たちも、ホント素晴らしい仕事をしてます。ハッキリ言ってちょっと惚れますね。っていうか、気持ちいいですよ、このお店は。ヤバイ、ベタ褒めだ・・・あと、安いです、こんなに美味いのに。

月曜日定休・18時~24時まで・ゆいレール美栄橋駅下車徒歩1分・最近満席多いので絶対予約必要! TELは098-862-0011でっす。塩入の紹介の一言で・・・何か出ないな・・・でも満点の笑顔が来ますよ! 是非是非行ってくださいな、後は頼むよ、成田さん! 貴方の腕で、食通を沈黙させてくれい!!
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# by color-code | 2004-09-29 20:15 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
ちょっと羨ましいこと
僕は恥ずかしながら、釣りの事をほとんど何も知らない。リールの構造も投げ方も、勿論仕掛けの構造も知らない。小さい頃、竹竿に毛ばりを付けて、ハヤを釣っていた程度だから言葉どおり、話にならない。ところでこちら沖縄で、海人の船に乗ってダイビングに出ると、1台数十万の、わけのわからんボタンやスイッチが沢山付いている、ほぼ全自動超高性能リールの他にもイカ釣りの仕掛けが必ずといっていいほどブリッジの脇に置いてある。イカ釣りの仕掛けはちょっと面白くて、針の手前にペンライトのようなものがついているのだ。ダイビングでマーカーにも使えそうな、単三電池を入れて光るやつが。釣りかたを移動中に聞いてみると、このライトを点けて、適当に垂らしていると、針にイカが勝手にかかるらしい。エサは? と聞いたら、そんなのいらん。との事。そうかぁ、エサも付けずに、明かりに誘われて針にかかるなんて・・・、と僕は思い、こいつ、イカって、バカですねぇー。と船長につぶやくと、彼はその言葉にあきれながら一呼吸、いや、数呼吸おいたあと、真顔でこう言ったのだった。「いいか? おまえなぁ、女に釣られるときにエサが付いてるか? 付いてないだろ。おまえが女捕まえるときにエサ撒いてるか? おまえは絶対えさ撒いてないだろ? イカも一緒だ、人と変わらんだろ、おまえアホか。」
絶対おまえはエサ撒かない!と言われると、なんだか悲しいが確かにそうだ。撒く餌が僕にはさほど無い。変な理屈と思うか? と、数秒後かに更に問われ、僕は口ごもる。この言葉のせいで、なにか上質の詐欺にあったような、秘剣の奥義を教わったような深遠な気分になりながら、ポイントへとボートはひた走っている。そういえば、アジアのとある地域では、遊び人、そう、毎晩どこかにヒラヒラッと遊びに行って、朝日が上がる頃寝床に帰ってくるような男は、パロパロと言われてからかわれている。それは何かというと、蛾のことなのだ。某ミクロネシアのガイドもパロパロと噂され、何故かからかわれており、ビックリした事を思い出す。更にそう思えばそうだった、夜のコンビニに行けば、確かに電熱線には蛾が寄ってたかってはいるが、その下の地面にも巨大なパロパロ(人)が光に誘われて集まっているっけ。僕ももっと遥かに若い頃、よく電熱線に惹かれて集まってしまったパロパロのうちの1匹であるし、生きてるって何? 僕って? といった黒糖より甘ったるい事を、それはそれは、まわりくどく語り合っていたような気もまんざらしないではないので、物凄く恥ずかしいのだけれども、とどのつまり女って、異性って素敵だなっ、でもちょっと怖いな、ドキドキだな、って語ってた気が今となってはとってもするので、人も昆虫と大して変わらんと、さらに納得した頃、船はポイントへと到着したのだった。アンカー打たなきゃ・・・。

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動物という括りでいうなら、食欲とか性欲とか、とってもシンプルなことは、どんな動物も大差はないんだなぁとこの頃よく思うし、なにか羨ましく感じるときもある。ハナダイたちの雄は気持ちいい。大きくなって、綺麗になって、その派手な身体を誇らしげに見せつけて、光り輝きながら周りのメスたちに、誰かまわずお構いナシに、ねぇねぇ! 俺って、綺麗でしょ? 頑張っちゃった、見て! 見て! っていつも注目されたがってる。そこに、男らしさとは・・・・みたいなハッキリ言って脱力しちゃう力みはこれっぽっちも見えない。ふとアンカーの打つ先に、交尾中のカメが浮いているのが見える。漂流物と紛らわしくて、正直じゃまな存在の水面上のカメなのだけれど、彼らもそうだ、交尾したくなったらとりあえず乗る、乗る! 誰でもいい、とりあえず手ごろな大きさなら何でも乗っちゃえ! 人でもイイゼ、乗るぜ! 乗られちゃったら乗り返せ! ハンマーでも行っちゃうよぉー! へっへっへ方式。見ていて爽快感さえ漂うこの割り切り方,実に羨ましいと思う。バカっていいよなぁ・・・って笑いながら叫んでしまいそうだが、後ろのゲストが引いていってしまうので堪える。勿論これは、うらやましいのだ。出来ることなら僕だってそうしたいし、捕まっちゃうか・・・ダメだ。
他の生物を擬人化して語ったり、人間と現況と比較して見ることはその生き物を正確に観察する態度としては正しくは無いだろう。でも心のどこかで彼らのまっすぐさに共感していて、なにかそんな理屈はやめようよ、って身体の奥のほうから声が聞こえる。そんな声を聞きながら、海人もガイドも、生活の為に竿をもち、スレートを持つ。どんな仕事も変わらないものですね、いつもせめぎあいです。
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# by color-code | 2004-09-01 14:49 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
潮流
この業界にも流行とまではいかないけれども、なにやら緩やかな潮流を感じるときがある。

最近でいえば、レア物騒動といっても過言ではないように思える希少種狙いのダイビングスタイルは、未だ残り火ではなく、どちらかといえば燃え盛っているし、ほとんどの人間が見向きもしなかったウミウシが突如として台頭したのは数年前だった。甲殻類も来た。来た、という表現がしっくりくる、まさしく望まれ、待たれ、そして来た。その流れを作ったのは、私達ダイビングに携わる人々が、絶妙なバランス感覚で作りあげ続けるのだろう。そしてそれは、私達の数少ない誇りのひとつでもあったりする。そしてこの流れは何処に行くのか・・・。写真もそうだった。フォトコンの入賞作品が、圧倒的にマクロ撮影写真が占めたのが数年前、反動で超広角を使ったワイドへ、ワイドマクロへと流れ、更にその反動から超高倍率撮影へと行き、それはデジタルカメラへと受け継がれ、その流れはまだ緩やかにはならない。いや、いよいよ激流となって流れ、私はその傍で、ぼぉーっと突っ立っている訳にもいかないので、とりあえず片足を恐る恐る、突っ込もうとしているところです。

少し逸れて最近、仕事の都合で、今年の流行色についていろいろと見たことがあった。数ある資料を覗いていて、何か雰囲気が同じだ、同じだ!? と思っていて、はたと気づいたことがある。それはまさに、その分析の傾向自体が私達ガイドが日に3度は欠かさずチェックする天気予報と同じだったのだ。今年の夏は冷夏か、猛暑か、そのような大局的な予報から、週間天気予報へと続き、ピンポイント予報等、局所的予報へとつながる天気予報。そして%で表される降水確率がある。色とファッションについても、基本のトレンドの色と、ファッション傾向があり、その組み合わせは四季を通じて一様に続くが、微妙に移り変わり、組み合わせは無限にあって、局所的な予報は錯綜していた。南青山の20代女性の色の傾向はトレンドの○○で、それはスカーフに多用され始めており、これは今後数週間続くであろう…代官山ではこれと若干違い、今年のカラー○○を、暖色に、いわゆる○○に振る傾向が目立ち、○○をスカートに…いずれにせよこの傾向は秋口まで続き…。こんな解説があらゆる場所で流れている事にかなりびっくりした。さらに今年のトレンドカラーから、寒色、暖色系に振られるその割合や地域、季節まで、詳細に解説されているものまであって、まさに天気予報文を読みながら天気図を見ている気分だったのでありました。

流行り廃りで語られるほど、海の底は浅いものでは無い。などと、まだまだ少々青臭い事を語ることが許されている、海、ダイビング業界は、間違いなく幸せなことだなぁと思うのと同時に、やはりまだまだ未知なのだ、冒険なのだぁ。と、改めて思ったのでした。人の都合や商売のことなど全く関係なく突き進んでくる恨めしい台風13号をモニター上で見つめながら、船を陸に上げ終えて一息ついています。とりあえず、ここ2日は流行の予想なんぞは見てられないですね、天気図とにらめっこです。
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# by color-code | 2004-08-10 20:18 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)