物申す・・・!! ②
 昨日は後味の悪いことを沢山書いてしまいました、スミマセン。宜しくっ! とか、ゴメンネェ! って、必要な言葉ですよね、やっぱり。絶対そうですよ、潤滑油みたいなもんです。

でも言い切ってしまうと昨日のが覆ってしまうので、粘ります。僕にはこの頃、その言葉と一緒に、自分の身の保全を図る、生きているのであれば、普段一番自分が責任を持って当然の事を、日常生活なら当然のようにしていることを、よりによって誰もが手におえない海というフィールドで、ダイビングで、他人に転嫁しやすい気持ちがある、そしてそれは年々大きく育っているのではないか、という予感があるのです。誰も適わないって事が解っているのに、です。これってどうでしょう、飢えたトラに逢って、少しばかりトラを見慣れた人に、「俺、トラ見るの初めてだし、見たいしさ、一緒に近づこうよ、でもなにかあったら任せた、よろしく!」って言って、何かあったら責任取れよぉー、って言うのと同じかもしれないじゃないですか。勿論、私達は職業でやってるんだから、あたりまえっていうのはありますから少々、いや大分筋違いですが、でもなんとなし似ていませんか? 事前に予防する策は沢山練ります、そして実行します。でも結局操作出来ないじゃないですか、海なんて・・・調教、無理でしょう?  

ハンディキャッパーの方々も沢山いらして、ダイビングを楽しんでいます。本当に素晴らしいですよ! 自分のままならなかった身体のことを、一瞬忘れるんです、普通のダイバーより遥かにすばやかったり、普段手話を使う人は、水中で陸上と何ら変わりなく会話しあっていたりするんです、たまに水の中でそれを見て、すごく嬉しく、うらやましくなったりします。足腰の弱った年配の方達だって大勢いらっしゃいます。泳げない人だって、船酔いが極度に激しい人も、タンクが一人ではとても背負えない人も、BCのボタン操作も、ウエイトの締め方も全て忘れてしまった10年ぶりの人も、様々な方がダイビングにいらっしゃいます。全ての方に、ダイビングって、素晴らしい! 貴方でも出来るんです、大丈夫です! 僕たちがきちんとサポートします! 全力でします! そういつも思っています。その為に自分たちが居ます。でもこれは解ってください。そう思っていても、どんなに能力が高くても、先に書いたとおり、適わないんですよ、人間一人の力なんて所詮。 

ダイビングは誰にでも出来て、楽しくて、安全なスポーツです・・・って、そりゃそうですよ、当然です、だから皆が出来るんです。でもこの言葉って、単語抜いてませんか? きちんと自己管理して、様々な起こりえる事態にに対して予め想定して、というより最低その気さえあれば、という条件付きだと思うんです。それは人に、ガイドやバディには決して寄りかかれない、寄りかかってはいけない根っこの部分の心構えの問題です。これをしないのは、人権を放棄するのと同じにすら、僕には思えます。ダイビングは、はなからこれを当然の事、という前提で出発した遊びのはずですよね。僕は人間が普通に出来る歩く、走る、跳ねる以上のことは、基本的に全て危険だと思っています。自転車に乗ることも、飛行機も、アパートの3階に住むことも、TVで遠い国のニュースを生中継で見るこ事などある意味かなり危険度高いと思います。そしてダイビングもある種類のそれを持っています。自分は車の運転免許を持っていて、交通法規は勿論知っているけれども、肝心の運転者が赤信号の意味を知らなければ、あるいは知っていてもそれを尊重しなければ意味が無いですし、正直、今日の天気予報を知らない人が、どうして安全にダイビングが出来るのですか? 自分でエントリーの準備をする「気力」の無い人が、水中では安全、ありえますか? それで無事に帰ってくるのは、運が良かったとも言い得ませんか? 乱暴に言ってしまえば赤信号無視して直進して、たまたま車が走っていなかっただけ、これと同じです。 では500回、これが続くでしょうか・・・車の運転とは全く違う危険の種類だということは、承知で言っているのですが、さて、その事態が起こったとき、ツケは大きいと思うんです、この遊びって。

 台風あとの増水した川でキャンプして取り残される人、居ますよね、たまに。あと何故か大荒れの港の護岸に近づいちゃう人・・・ニュースで皆に見られて、少なからず失笑されてると思うのですが、僕を筆頭に、ダイビングでそれをあたりまえにしてるんじゃないの? って、この頃思うんです。皆さん、どうですか?

-明日まで書きます・・うぅぅぅ・・・-
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# by color-code | 2004-11-03 20:07 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
物申す・・・!! ①
さて、想像してみてください。

ゲストパターンA:
何も居なかった 小物は見ないです どのくらいの確率ですか? もう○○はいい

ゲストパターンB:
この時期のお勧めは何でしょう? この魚、何ですか? 何でこの魚、こうなの? いいねー

どちらの人に、ガイドはより実力を出し切れるか・・・みなさん、わかりますね。災害復旧支援に来た自衛隊員に、その迷彩ヤメロとか、軍のやつらー! とか言ってる人間を、命掛けて隊員は守る義務ないですよね? しかしこの手のガイド有効利用術の問題を最初に言ってなんですが、敢えて放って今日から3日間ほど、少し乱暴な物言いをしてしまうと思います。最初に謝っておきます。申し訳ございません。でも気持ちのある一部分です。僕達ガイドという種類のどちらかと言えば現場肉体労働系の人間は、すみません、って言われるより、ありがとう、とか、こうしてくれたら嬉しいよ! 助かるよ! っていう風に言われたほうが、遥かに嬉しいし、力が出せるんです。だから皆さん、どうか僕たちに、そういう風に声をかけて、そう僕たちを使ってくれませんか? なんでこんな事言うかっていうと、ダイビング前や、後の「すみません」は、僕たちにとって効果が殆ど無いことの方が多いのです。この言葉が出てしまう気持ちは実は僕はとても不器用なので、よく解りますし、自分も多用します。どういう気持ちで投げかけているのかも、その不安な気持ちも痛いほどわかります。以前、ある別の会社に勤めていたとき、新人があまりに単純な事が出来ないのを嘆く主任に、支店長がこう言って諭していました。「あのね、今君がコンビニ行って就職して店頭にいきなり立たされて、すぐPOSレジ打てる? 簡単だよ、客層や簡単なコードを打って、バーコード読むだけ、でも、出来る? 出来ないよね、そんな簡単な事が出来ないんだよ、そういうもんなんだよ、始めたての頃はさ、みんなそうなんだ、なんで許してあげられないの? 何で腹立ててるの?」と・・・。その諭されていた主任とは、僕のことです。昔の自分を諭してくれたこの先達に、今は感謝しています。でもなかなか難しくて出来ませんよね。

でも話は戻します。波や潮流、風・・・とにかく海にはどんな超人でも歯が立ちませんし、逆にどんなに体力・気力の無い人でも、超人でもハッキリ言って関係無いですよね、海からすると同じタダの人ですから。そう考えてみれば、ビギナーだからといって、そんな事は海はお構いなし、5mの大波も、マスクが飛ぶ激流も、海はレベルを問わず等しく与えてくるのですね、そこでスミマセンって謝っても海は全然手加減してくれませんし、そこだけ2平方メートル風が弱まるわけでもありません。バカヤロー!って言ってても、来る波風は等しく一緒です、当たり前ですが、辛い思いをしても、怪我をしても、責任は取ってくれない。じゃぁ、なんでスミマセンなのかっていえば、周りに対する言葉ですよね。でも海が手加減してくれない以上、やはりこれはあまり意味の無い言葉ですよ。確かにバディやスタッフはそれでより一層のサポートしてくれるやも知れませんし、もちろんそうします。しかしそれは先に言ったとおり、超人でもダメなのにましてや・・・ですよね。これとほぼ同義語で、「初心者なので、宜しく」というのがありますが、これも同じ意味で、あまり効果が無いと思います。敢えて言いますが、本当にそうなのです。それで安全になるなら、私が何度でも言います、でも言いません。海はそう言った人に、手加減してくれないからです。

-明日へ続く予定です-
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# by color-code | 2004-11-02 20:05 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
祭りはどんな土地であろうと心が震える 胸が軋む
記憶は決まって 赤で染まっている これからもきっとそうだ
限られたその日だけの永遠 太鼓の音は絶やされることが無い
彼らは 何かの拍子に 広場の端からいつもふいに現れる
そして音色だけを残して闇へと消えてゆく精霊の集団

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燃える腕はしなやかに夜空へとしなりながら伸びあがり 飛ぶ
地鳴りの音とともに 赤い地に両足が突き刺さり 跳ねる
重力を 月の光を 自在に動かす者たち
粘液質な夜の花の香り 心臓の脈動で島が揺れだす
鼓動はあまねくひろがり 地も脈打ちだすころ
伸び上がる腕とうねる足は果てなく続き
褐色の渦となって 南の海を越えよ
地と空に溶け エイサーを舞い 刻から放たれる者 来たれ

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# by color-code | 2004-11-01 14:02 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
サトウキビ畑と僕の子供の頃の記憶
子供の頃の台風と言えば、川の氾濫の記憶しかありません。何回か、決壊寸前まで行き、土嚢を積みに、大人が豪雨の中総出で出動していました。毎年街に3.4本かかっているどこかの橋が流され、架かると2年後に流され、そのうちコンクリートじゃなくて手抜きの木の橋になり・・・という感じでした。

大人になってからは、マンションの1階に住んでいるときに、前の河川が決壊していたらしく、朝起きてあまりに周りがシィィィーンと無音なのに気が付き、ドアを開けて外に出ようとしたら空かず、ドアの覗き穴から外が見えず、実は濁流にマンションごと囲まれていて、ドアの外は自分の背丈くらいに水の中、そりゃ覗き穴から見えねぇよって、その時は気が付かず、その5秒後くらいにバスタブから鬼のような濁流、あっという間に首下まで浸水・・・って事がありました。悲惨ですよー床上浸水は。家財が全てパーです。下水の水のせいで、水が引くと強烈に匂いますし。その時、一番大事なものだけでも水から防ごうと、友人に左手で受話器を持ってTELしながら右手に持っていたのは、スーパーファミコン本体と、ファイナルファンタジー4、だったのがなんとも悲しかった思い出があります。一番に守るもの、スーファミかよ! って・・・・。

そもそも時間60ミリの雨で、機能がマヒする街というのは、街としてどんなもんかと思いますよ。排水だって、決壊しない、させない事を最優先させて、海に対して垂直に1直線に流そうとするし、あんなことするから魚が休めなくなる。自分の田舎も子供の頃は、川は曲がりくねっていて、鯉や鮎が沢山住んでいました。まっすぐの綺麗な堤防にしてからは、鯉なんかはほとんど釣れなくなりました。自分だってそう思う、直線の、流れが均一で休む場所も無い川になんぞ住みたくない。生活排水も、土砂も、土壌でゆっくりと吸収され濾過されることも無く、海へ流れ込みます。

沖縄といえば、青い空、そしてサンゴ礁、ハイビスカスに、一面に広がるサトウキビ畑でしょう。久米島も、あたり一面にサトウキビ畑が広がります。青い空をバックに広がるキビ畑は、それはそれは見事で、これを見て、やっと沖縄に来た! って思うゲストの皆さんも多いでしょう。キビの収穫というのはお盆のようなもので、ほぼ年中行事に近いものがあり、沖縄出身の内地在住者の休暇の理由が、キビの収穫に呼ばれた、というのは、旧盆に帰らないと、というのと同等に強い動機なくらい、この作物は沖縄に根付いています。でもこれだけ大規模なキビ作りがされ始めたのは、実は戦後の事で、意外と歴史は浅いのです。農地改革が戦後の日本政府の音頭で強力に推し進められて、今の沖縄の風景のイメージが出来上がったわけですね。しかしこの事が、深刻な事態を巻き起こしているのです。お気づきの方も沢山いらっしゃると思いますが、赤土問題です。

赤土を流出している元凶は、開発にあると、沖縄にくるまで思っていましたが、実態は全く違い、開発によって流れる土砂は、農地から流れる土には足元にも及ばない量です。 いままで、曲がりくねってスパイラル状に流れながら、濾過され、土を別な場所へ適度に運び、最終的に清浄な状態で海に流れ出た水が、今は直線状のコンクリートの側溝を通って一気に海です。遊水池も沈殿池」も、あんなの無駄です。赤土は、コーヒーのペーパーフィルターなんか、何枚重ねたところで完全に通り抜けます。すごく粒子細かいんです。沈殿なんか、すごく遅い。でも、それを責めることなど出来ません。政府の政策なんですから。水田も昔は沢山あったそうです。でも今はほとんどありません。区画整理も含めて、キビを最も栽培しやすいように、国を挙げて補助し、推進したのですから。後戻りがとてもしづらい状況です。側溝の構造から変えていかない限り、つまり、物凄い費用を掛けて土木工事をして、根本から変えないと、解決しないのです。そのお金は、今、日本には無いでしょう。美しい沖縄のひとつの象徴、サトウキビ畑の裏には、こんな一面もあるのです。
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# by color-code | 2004-10-12 20:14 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
楽園









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島のお気に入りの浜にて。 この場所は本当にごきげんなのだ。お世話になってます、ハイ。
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# by color-code | 2004-10-08 10:55 | Comments(0)
偉大なる決心
ウミウシの仲間は、自らの身体に卵巣と精巣を持つ、古の神々と同じ、両性具有の存在。遥か太古に、彼らはたった一人で自らの子をなし、自らの種を長い間守り続けていたのかもしれない。他人に頼る事を知らず、我が子、いや自分を大量に、無限に生産し続けたのだろう。この不毛さが、私には不気味な程よくわかる。自分以外に仲間がいない世界・・・孤独。そして自分にもし、致命的な欠陥があれば、それは即座に種(自己)の滅亡を意味するその恐怖・・・理解者など、一人もいない・・・無限の自分だけなのだから。神は常に完璧を科せられる悲しき存在なのだろう。私なら、正気ではいられないし、欠陥だらけの体躯と弱い心・・・そんな自分をつくづく幸運だったとおもう。そしてある時、彼らも自分のプライドを捨て、大きな賭けに出る。交接管を通じて、他の者達との、卵子と精子のやり取りを始める・・・神々の座を自ら捨て去る賭け。彼らは貝殻という、強固な城砦すら長い時を超えて捨て去った。彼らを見ると、捨てるという行為は、何かしらへの進化への必須な犠牲のような気すらしてくる。僕達は今、一体何が捨てられるのだろう?

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自分という愛しい完全な存在を捨て、他者の悪いところも良い所も全て受け入れる。特にデメリットの方が大きいであろうこの行為は、大きな冒険だったに違いなかったでしょう。「私は、あなたの悪い所や、良い所、それら全て一切を受け入れようと思います。そして、私のものもどうか貴方に受け入れて欲しいのです。そう、良いところも悪いところも全て・・・。」この極めてシンプルな意識から始まった交接の行為は、それは結果として彼らを滅亡から守り、様々な海の宝石の数々を生み出す事になる。それは神の領域に属していた彼らが、私たちとは違う形にせよ、性というものを持ってしまった結果でもあるのだろう。私たちが、彼らから学ぶ事は多い。彼らを見ていると、離婚の原因として挙げられる、性格の不一致などという言い訳が、どれほどナンセンスかよく解かるし、子孫を残す為に悠久の年月を経て造られた、交接(交尾)という儀式の素晴らしさや神聖さ、苦悩、無限の快楽、そして汚濁・・・思いを馳せずにはいられない。宗教というのは、とある者を信じる事だけではない。こんな小さな生き物たちや私達、全ての存在する物の内にしっかりと在るのだと強く感じる事ができるし、汚れたものがあるから美しいものがあるのだという事を、私、私自身は今ここに、確かに存在していてもいいのだということを認めてもらっているのでしょう。偉大なる何者かからきっと・・・それはおそらく神ではないと感じています。なぜならウミウシから学んだのです。彼らは望んで神々の座を捨て、私たちの場所まで降りてきたのですから。

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さて、話は変わりますが、オオエラキヌハダウミウシの産卵の光景です。多くのウミウシが、まるで水中に咲く花のような、芸術的な卵塊を作り上げます。このウミウシも、丁度その最中でした。卵が一列になって格納された、透明な粘性のあるチューブのような卵塊の帯を、自分がその周囲を何週も周回しながら、大きな卵の輪を作っていきます。その日は、このウミウシと出合った内海にも、大きなうねりが入り込み、ウミウシもうねりに何度も吹き飛ばされそうになりながらの産卵でした。この種は卵を産む時に、意外と大きな輪を描きながら産んでいくので、卵の入ったチューブも、うねりで大きく左右に揺れます。でも最終的にはきちんと花のような卵塊を形作るのです。

不思議でした。彼らはまるで、数十秒後にやってくる、うねりの大きさや方向をわかっていて、それを見越した上で卵を産んでいるのではないかと思えるほど、その時はグチャグチャに産んでいるようでいて、最後には上手くまとまっていくのです。仮に自分がこの卵の入ったチューブ状の管を持たされても、この激しいうねりの中、絶対にこんなに綺麗に形を作れないです。彼らは先に書いたように、この先、どのようなうねりが来るのか、ちゃんと予知しているのでしょう。そうでなければ、目の前のこの卵の花は間違いなく作れないのです。そしてそれは、決して超能力なのではなく、生き物としては当たり前の、持って生まれた必要な能力なのでしょうね。このような光景を見ると、人というのは、何と多くの能力を捨て去ってしまったのかと思います。

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# by color-code | 2004-10-01 14:42 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
燕郷房-ヤンキョウファン
今日はひとつ趣向を変えまして僕が敬愛してやまない成田さんが腕を奮う那覇の中華料理屋、『燕郷房-ヤンキョウファン-』を紹介しましょう。

関係ないじゃんって言われるとかなりヘコむんで、そこところはどうかご勘弁を。 初めてここを訪れたのは昨年の事。麺を一口食べて、僕は冗談ではなく、感激して数秒間、天を見上げたのでした。その後のことはあまり覚えていないのですが、一人終始満面の笑みで数種類の料理を完食した後、忙しそうにしている料理長の成田さんの腕をつかまえて握り締め、深々と頭を下げてお礼を言ったのです。

それ以来からのお付き合いで、那覇に出向くときはどんなときであろうと立ち寄る、僕が通いつめる唯一の食事処なのですね。ここで食事をするために、那覇-久米間の往復の飛行機運賃を支払うことは、僕にとって全然痛手ではありません。それくらいに愛しております。都心の高層ビルの中にあるいわゆる高い中華料理屋さんが、僕から見ると申し訳ないですが、全然遠く霞んで見えます。そして、これは僕の感ですが、相当にマジで当たっていると思います。

では僕のお勧めを。とりあえず全部なんですが、坦々麺と、鉄鍋餃子、杏仁豆腐、これだけは何が起こっても外さないことをお勧めしておきます。お茶もかなりイケます。あとは・・・・全部です。あとホールの姉さま達の接客、そこらの食堂やホテル飲食関係、その他諸々皆が修行に来て見習うべき笑顔と応対と美貌、テーブルの継ぎ目を来客の度にミリ単位で修正する細やかさ、数ヶ月に一度の来訪を、笑顔と名前付きでしてくれる彼女たちも、ホント素晴らしい仕事をしてます。ハッキリ言ってちょっと惚れますね。っていうか、気持ちいいですよ、このお店は。ヤバイ、ベタ褒めだ・・・あと、安いです、こんなに美味いのに。

月曜日定休・18時~24時まで・ゆいレール美栄橋駅下車徒歩1分・最近満席多いので絶対予約必要! TELは098-862-0011でっす。塩入の紹介の一言で・・・何か出ないな・・・でも満点の笑顔が来ますよ! 是非是非行ってくださいな、後は頼むよ、成田さん! 貴方の腕で、食通を沈黙させてくれい!!
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# by color-code | 2004-09-29 20:15 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)