なにもない
昔の話になるが、ランディというガイドがいた。名前の通りローカルガイドである。これはアジア圏にダイビングツアーに出た日本人が押し並べて感じるなのだけれど、彼らの視力はとてつもなくいい。視力4.0くらいは平気であるのではないかとおもう。そして老眼が入らない限り、それは当っている。フィッシュウォッチングというスタイルをある程度解ってしまったローカルガイドのマクロ発見能力のもの凄さは脅威ですらある。ついでに夜眼も利く。暗視カメラ並に利くので、夜、闇に紛れてなにかしでかす事はそのような土地ではムツカシイ。見えていないのは、自分だけなのだ。あとの人は、全員天然暗視カメラが装着されていると思ったほうがいいので、ラブラブツアーの時は、気付かぬうちに大サービスしないよう気をつける事を強くお勧めする。あれ、こんな話ではなかった、海の話。

とあるダイビングの終わり際、彼、ランディが突如興奮した。遥かかなたを指差して大喜びしている。私には何もみえない・・・・一向に見えない・・・・彼、指を数本立て、まだ叫んでいる・・・・相変わらず見えない・・・。ボートに上がってきた彼の一声は、「ブルーマーリンの群がグルグル回ってた!」であった。私に見えなかったのは言うまでも無い。そのラッキーな場面を楽しんだのは、そのチームでガイドの彼、唯一人なのだった。考えると私たちは、ドリフトダイビングで、マクロ狙いでもなく、その間、さほど大物にあうわけでもなく、激流なわけでもなく、とりあえず半分寝てしまいそうな、どちらかといえば慰安ダイブであった。ところがランディにとっては、数年に1回のビッグトピックス、カジキ、しかも群れ! というなかなか興奮の数十分だったわけだ。同じ時間、同じ場所、同じ方向を見ていたにもかかわらず。

こんな事を幾度と無く経験すると、ダイビングの1本1本は、つくづくその本人の解釈次第なのだと思う。私にとって天国にいるような1本のダイビングは、他の人にとって廃墟を潜っているような、もの寂しげな1本なのかもしれない。このことはダイビングを生業にしている私にとって、とても考えたくない致命的なことなのだけれども、それは恥ずかしい事に、確実にあるだろうし、たとえ最小限にする事は出来ても、今後も避けることは出来ないのだろう。しかしその逆も多々あるわけで、その人の感性次第で海の世界は現実以上に増幅し続けるという事が、2ダイブでいくら、というファンダイビングという商品を、お金などには換算できない素敵な体験たらしめている。冬場に目の前、わずか数メートル先を潜降してゆく十数メートルのザトウクジラとの時間を、彼らと同じ水面にて共有する奇跡的な数秒間がある。それは、見えない人には残念だが見えない。目前に視野に収まらないほどの巨大な生物が動いて、そして生きているのに、スキンで入ったゲストの幾人かの脳裏にはそれは映らないのだ。あり得ない話のようだけれども、それは私が幾度と無く立ち会った事実であり、当の本人にしてみれば、その時クジラは、確かに存在しなかったのである。水中で色が消失していく中、なぜか私たちの眼には色鮮やかな海中世界が再現される様に、海況やガイド、チームの雰囲気、自分のスキル。そんな諸々の条件と共に、最終的にそれが素晴らしい経験だったのかを認識するのは結局のところ自分自身に他ならないのでしょう。様々な器材を身に付けるダイビングというこの遊びだけれども、センサー・動力・全て自前、自分の身体だけが頼りなのだから、体調が絶不調の時には何一つ眼に入らない事もあるかもしれない。それは私も含めて誰もが避けられないことでもある。だからこそ、「あぁ、何も無かったな、このダイビング・・・・。」と思ってしまった自分は、なにかもったいないと思うのです。何も無かったという体験を、さらに言葉で封印してしまうようなものです。私たちの貧弱な眼では見えない遥か海の先には、とてつもない生命の塊が渦を巻いているのだと想いたいのです。すぐに事々を忘れ、忘れるようにしてしまう困った癖がある私はそんなとき、とりあえず、こう自分に聞いてみる。

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おまえのその眼の前に 無限に広がる海はたしかにありませんでしたか?

自分達のフィールドに、状況にあわせて様々な演出を舞台裏でし、ゲストに楽しんでもらうのが私たちの仕事だと思うし、ガイドによって海の劇場の完成度は大きく変動する、とは思う。でもなし得る事などほんの僅かでしかない。主役は海なのだし、所詮、私だって彼らから見れば、無知でか弱いビジターに過ぎないですから。そう思えば、その何も無い海、常に動き続けるその液体そのものが、とほうもなく巨大な命にも思えてくるのです。そう思えたとき、私はかすかに背筋がざわつく。だから暫くの間、眼を閉じる。そうしていると、たまに自分が溶け出していくような感覚を覚える。

僕はこの時間が好きだ。
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# by color-code | 2003-08-23 20:34 | うみのいろはそらのいろ | Comments(0)
うみのいろはそらのいろ
月は、私が存在すると思うが時に、そこに在る。そのように言った物理学者がいたことを思い出す・・・マトリックスのことが、ふと思い浮かぶ・・・そういえばあれは、おさな子の夢の具現だったような気がする・・・。

小さい頃、アパートの屋上によく登り、この5階から飛び降り、地上すれすれの数mで、スゥゥーっと身体がスライドし、そのまま丘の上のここから続く小さな路地を、滑るように移動してゆくもうひとりの私がよく見えた。時折地面に接触はするが、またフワッと浮き上がり、今にもまた地面に擦ってしまおうとする身体ではあるけれども、何も考えなければそうするほど、身体は地面からゆっくりと離れていき、遠く霞む川に下ってゆく。そんな映像だ。でも私は飛び降りなかった。心の底から確信していないもうひとり、いや、無数の私の眼にはその時、赤い色が広がった。それも今となっては、眼をこらさないと見えない。そのうち、また見えるかもしれない。そのとき、私は無限のわたしの中の、そのたったひとりとなって丘を下りたいと思う。

ダイビングとは、そのようなものなのだ。16才のとき、初めて売店で買った1500円もしないフィンを履き、水深わずか数mに浮かんだときの、空気の上に乗ってスゥゥーっと体がスライドしていくような不思議な気持ちや、はるかに見下ろす水底の白さは今になっても忘れることはない。それは幼い頃山深い土地で育った私が、見渡す限り一面に白輝色にかためられた2千m級の雪山に父と分け入り、ふと頂上付近で見上げた時のあのそらの、宇宙を触れてしまいそうな蒼のちかさの感覚と、とても良く似ている。遠いセイシェルのそらは、あの時触れたそらと同じだろうか・・・いや、違うだろう。

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だから僕はグルクンの雲を突き抜けて沖に出る
いつのまにか見渡す限り 夏の夕闇のそらになる
両腕がふしぎと開いてゆく
クスッとひとりで照れ笑いしながら 羽ばたいてる
僕は 今日もたしかに そらを飛んだ
だから僕は あしたもきっと そらに潜ろう
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# by color-code | 2003-05-21 20:37 | うみのいろはそらのいろ | Comments(0)
ダイビングに賭博性は必要あるのか?
ダイビングの愉しみの中で一番賭博性の高い遊びは、大物狙いのドリフトではなく、実はガレ場のベタマクロと悟ったのは数年前の事だった。考えれば考えるほど陸上の賭博と似てくるこの遊び。

まず、ガレ場をあさる事が、大多数のダイバーには、あまり芳しくない眼で見られている事に、当の本人が自覚していないのが、もう似ている。そしてその行為がとても格好悪く、あまり役に立たないところなど、そのままだ。ロト6がいくらキャリーオーバーしようが、近所のパチンコ店が開店だろうが、国民の大多数がどうでも良いように、ガレ場でいくらマスダオコゼ属の仲間がいようが、それはどうでも良いのかもしれないと思う。沖縄来てるんだから、オイ、他にする事あるだろ? って言うのもハッキリ言って諸手を挙げて賛成だ。しかし、そのガレ場の賭博性を、競輪の奥ゆかしさを説くアル中オヤジよろしく、熱心に布教する私には、棚上に平行に幾本もリーフに向かって並ぶガレ場の筋が、パチンコ台の列に見えてしまうのもまた事実なのです。何故ならこの台選び(ガレ場の筋選び)で、今日の儲け(収穫)が決まってしまうものだから、リサーチで浅場に入る時なんかは、ホント、マジな眼してますよ、スタッフ一同。そして慎重に台を選び、ひとつ小さな石をめくったその時、私の中で、スロットが鮮やかに回りだす・・・・。

こんな遊びにうまくハマッてしまったダイバーは、多くの博打打ちと同じく、周りから怪訝な眼で見られながらひたすらガレ場へと出勤しつづける訳ではあるが、当たり前だが、そうそう毎日勝ちつづけられる訳は無い。時として数日負けがこむことがある。プロギャンブラー(ガイド)の私たちでもそれはある。例えば私はふと数日、「キンチャクガニ見つからない病」に罹ることがある。そんな時は何をしてもダメ、なのにもう止められない。負けが込めば込む程つぎ込んでしまう。皆さんのなかで、28時間ぶっつづけで麻雀をし続け、太陽光が降り注ぐ午前10時に精算をしたら、500円のあがりだった経験をした人は沢山いるに違いない。 パチンコで、丸1日居座り17回スタートさせて、53000円頂いたのはいいが、ふと財布を確認したら、51000円つぎ込んでいた事に気がついた事は? ガレ場も一緒である。1ダイブ延々リサーチでガレ場に居座り、ふと気がついたときの収穫が、キンチャクガニとボラダイルツノガニだった時の虚脱感は言い表し様も無い。でも止められないのさ。今日はきっと、天国モード(ケブカキンチャクガニ)に違いないのだから・・・・。

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皆様、ようこそ、ガレ場賭博ワールドへ!!
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# by color-code | 2003-05-06 20:42 | うみのいろはそらのいろ | Comments(0)
何故、僕達は大荒れのトンバラに行くのか?
ふと思い立って、冬場の久米のダイビングの主な舞台である、島の南側の事を書こうと思います。そこでやはりはずせないのが、トンバラ。夏にはイソマグロを筆頭に回遊魚が渦巻き、冬はハンマーとクジラという、寒さを一気に吹き飛ばす超大物が闊歩する。そして、マクロに関して言えば、久米に居る、およそほとんどのものがここには居るという、あまり知られていない意外な事実。やはりここを語らずして冬の久米は語れないし、最も重要なのは、このポイントを潜るには、何をするにもゲストの協力が、ダイビングの成功の可否を握っていると言うことを、冬のトップシーズンに入る前に、数人のゲストにでもいいので、知っておいて欲しいと思い、書く次第です。そう、ここトンバラには、ダイビングのあらゆるスタイルと基本、そしてそれを徹底してやり続けた人間に対する海からの偉大な回答が待っているのです。 

まず、このポイントに潜る時に、一番困ったことがある。それは一言で言うと、「頑張った人しか報われない」というシビアな現実。これは、正直ビッグスポットとして名を馳せているトンバラのイメージを、解釈によっては損ないかねない発言なので、声を大にして言う気は無いのだけれども、僕は数年間久米に住み、数百本トンバラに潜り続け、未だに「タナボタ的大物との遭遇」等という事を経験したり、「根待ちしていたら、何かすごいものが次々と通り過ぎ・・・。」といった事など、ただの1度も無いと断言できる。そんなことは潜る前に考えたことすら無い。では、どうするかと言うと、ただひたすら潮を読み、魚のたまりを計算し、ゲストの位置、他のガイドのコース取り、ダイバーの泡、そんな諸々を利用しながら動き回るしかないのです。だから船酔いで申し訳ないと思いながらもスキンチェックをしないわけにはいかないし、泳ぎ回らずにはいられない。潮は分刻みで方向と強さを変えていき、大潮・小潮・干満などお構いなし、全く予想がつかない中で、自分が出来ることをするしかなく、そして魚達は愛想良く寄って来てなど、決してくれない。これからの時期ハンマーを狙うなら、決してフリー潜降等して無駄な体力を使わず、地を這いつくばって岩を掴み、出たら今まで節約してきた体力を一気に使い切る。そして帰り道は長くしんどい。ただ、そうやって知力、体力を振り絞って眼にした時のハンマーの群れ、そしてザトウクジラの印象は鮮烈です。これは屁理屈を言っているのでなく、本当のことです。これは,寒いさなか、冬場に必ず訪れてくれる常連のゲストには、きっと解ってもらえる感覚に違いないと信じています。 

a0060407_21553811.jpg今からの季節、初めて久米に訪れようと計画し、ハンマーやクジラに逢いたいと強く願っているゲストの皆様、どうかお願いがあります。僕は、おそらく他のスタッフも、自分の力を全て注ぎ込むつもりで毎日緊張し、半分恐怖しながらトンバラに向かいます。どうか潜降は、水面を流れるラインとアンカーロープを使って下さい。そして指1本でをかけるだけでももいい、岩を使って体力を節約してください。岩を使いながらも、常に視線はレーダーのように360度を確認しつづけましょう。そして私たちガイドが泳ぎ回ることを許して下さい。そういった手のかかるダイビングスタイルをしなければ成立しないポイントというのは、もう世界中でもそうは無いはずです。これをポイントとして良いか、悪いかで判断することは僕には出来ません。事実、未だに僕はこのポイントに行くときには半分緊張し、半分言いようのない期待で満ちた、複雑な心境で赴くのです。根待ちをしていれば、次々と群れが通り過ぎ、ドリフトして潮に乗っていれば、向こうから何かが突然現れる。そういったポイントでは無いのです。しんどいと思うかもしれません。ただ、ダイバーが海に挑む、攻める、そして軽くあしらわれ、無視され、思い出したように凄い物をくれる。そういった緊張が伴うダイビングの快楽を、これほど色濃く残しているポイントもまた無いでしょう。そしてこれは私たちダイバーが海に向き合う時の本質の大きな部分だと思います。そしてこの恩恵を受けるのは、必ずしもベテランダイバーでは無いということも数年間潜って気がついた発見でした。そしてこうまでして尽くして頑張っても、時に外れる・・・。これもまた、ガイド陣を恐怖させる大きな原因なのですが、僕はこれもまたトンバラの魅力だと思っています。いかにも海のあらゆる面を内包するポイントなのです。まさしく水族館と対極に位置する快楽を頑固に提供し続けるこのポイントを、僕は深く尊敬せざるを得ません。 

これを読んで、経験浅いし、ハードそうだし、ベテラン向きのポイントそうだし・・・。と思った方、トンバラに潜り、もし、このダイビングスタイルが気に入っていただけたなら、ロープ潜降、岩を利用した潮流への対処、潮の読み、魚のたまり、そんなことを、ほんの少し頭の片隅に置いて、どうか、数本、数十本と潜ってみてください。そしてその驚くべき成果は、その後、おそらく他の島の大物スポットで再認識するはずです。何故なら、あなたはその時、並み居る強豪数百本ダイバー達を、軽々とブチ抜き、強い潮をものともせず、数十万の撮影器材を抱えたダイバーを遥か後方に抜き去り、先頭でその生き物との至福の遭遇を果たしているに違いないのです。これもまた、本当のことです。
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# by color-code | 2002-11-16 20:48 | うみのいろはそらのいろ | Comments(0)
何故、男性用ウェットスーツに立体裁断は無いのか?
「胸の圧迫感を立体裁断によって解消し、両脇から流れるカラーリングとステッチで、女性特有の美しいバストラインを演出します。」

念のため、ブラのCMでは無い。女性用ウェットスーツのセールス文である。確かにすばらしい効果だ。写真を見ていると、マジでそう思える。「グッドデザイン大賞ぉぉぉ!!」と、一人つぶやいた直後、少し自分が怖くなる・・・。 どうせなら、ワイヤーとパッドも入れてしまえばいいのに、とすら思う。どうして今まで考えつかなかったのか??

実は、僕は前々から不思議に思っていた。何故、男ものには、こういうのが無いのだろうと。男だって、大きく見せたいところはある、そうだ、あるに違いない。そう思ってパンツや水着ををいろいろ探してみたことがあるが、未だ、そんな効果が得られるものや、パットが入ったものなんぞに出会ったことはない。ひとつ、パンツの中に妙なリングの入ったものは見かけたが、これはまた別の用途に使うのだろう。今時、男がファンデーションと、多少シャドー入れていても別に驚くには値しないのに、何故、出ないんだろう? 胸板が薄い人もいるし、あそこを大きく見せたい人も、きっといるに違いない。まぁ、ワタクシは必要ないけどね、へへ、へっへっへ・・・・・、はぁぁぁぁぁぁぁ・・・(泣)。

ところが、ところがデス、私は一度だけ、そういうウェットスーツを見たことがあるのです。あれは忘れもしない数年前、それはそれは見事な、まさに立体裁断の結集のようなウェットでした。とある40歳代に見える、よく日焼けした、なかなかいい体つきの男性と一緒になりました。そして海から上がってきた彼のウェットを見たとき!、私の眼は彼のある1点から離れず凍りつきました。彼のウェットスーツの股間は、見事に立体裁断され盛り上がり、周りを縫うように見事なステッチが施され、カラーリングは、足や胸はオレンジ、そして股間の部分のみ、薄いオレンジ、そしてステッチは黒・・・・。ふと我に返り、慌てて眼をあらぬ方向に向けた私でしたが、彼が私を見て、ニヤっと笑いかけるのを、見逃しはしませんでした。怖かった。あそこで僕に向かって舐めるように笑いかけられると、やっぱり食われてしまうかもしれないと思うじゃないですか・・・・。だって、そんなウェット今まで見たこと無いし、絶対特注じゃん・・・、この人、ヤバイわ・・・。その後、その私の不安は杞憂に終わりました、いや、半分正解。その人はその道ではかなり有名なゲイの方で、プラス少年専門の人でした。ひと時、アジアの各方面で少年を見かけては、マイケルのようなことをしていたらしく、ビデオを売りさばいてしばらく檻の中にいたそうです。そういえば、その人の仲間が、彼をマイク、と呼んでいたっけ。彼にしたら僕なんか、全然ボール玉、キャッチャー飛んでも捕れない、もう10mくらい外れてる。

話しがどんどん不健康な方向に来てしまいました。私が言いたいのはこういうことです。まず体鍛えろ! こんな事書いてる暇あったら、腕立てでもしろ! 身なりはそれからだ! って事です。最近、なんか筋肉付かねえなぁ、と自分に少しガッカリしてた訳で・・・。よし、タンク運ぶぜ!! アンカー、上げまくったる!!
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# by color-code | 2002-10-22 20:50 | うみのいろはそらのいろ | Comments(0)
何故、私達はロクハンカブリを着るのか?
私達は、おそらく年間600~800本のダイビングをしている。恥ずかしながら、数えていないので、随分とアバウトな数字になるのだが、おそらく間違いない。そのうちの500本以上、いや、600本以上、つまり、一年の大半を、ロクハンカブリで過ごしている。海の中だけではない。日中は、基本的に朝から夕方までずっと着たままだ。何をするにもこれを着る。着ていないのは打ち上げの時くらいだ。これだけの時間、着つづけて、皮膚がかぶれもせず、水温20度以下~30度まで、どの水温にも対応出来、なお使用できる他のウェットスーツを僕は知らない。あれば是非教えて欲しいのだけれど、今のところ、無いのではないかと思っている。つまり、選択肢がこれしかないのだ。敢えて一つ挙げるとするなら、とあるメーカーの、裏地に凄い技術が詰まった表スキンのセミドライ、ツーピースフード付き、という商品なのだけれど、今のウエットを3着買ってもお釣りが来る値段なので、はなから選択肢には入らない。

ロクハンのデメリットは数限りなくある。まず真っ黒なため、誰が誰だか解らない、これは視認性を考えると非常にまずい。ゲストにいつも申し訳なく思うのは、このガイドが誰が誰だか解らなくなる、この事です。そして着ずらい、すぐ裂ける、分厚く、ウェイトは重くなる。年末になると毎年、来年の厳しい寒さを乗り越えるため、新たに新調するのだけれど、自分達が着ているロクハンは、新品が来て見るとわかるのだけれど、どう見ても6.5mmではない。8mmはある。つまり、2重になる胸~お尻の部分にかけては1.6cm、3mmのフードベストを着たら、新品状態なら2cm近い厚さになる。その上、1年間着つづける事を考え採寸するので、肩幅は5cm、すねなどは8cm程度長めに作ったりするので、最初はブカブカだ。トンバラで潮見をする時など、10キロ近くウェイトを着けないと、まず沈めない。

ところでメリットも数限りない。まず安い。仕事で使うものは、まず安くて耐久性があって、補修が簡単でないといけない。その点、こいつは全てを兼ね備えている。すぐ裂ける、という話しは良く聞くのだけれど、裂けてもすぐ直るのがこいつのいい所、ボンドであっという間だ。極論すると、ガムテープで留めるだけでも何とかなる。これならどんな不器用な人でも出来るし、実際僕は、裂けた肩をボンドで直すのすら面倒なので、ひたすらガムテで留めるだけ、しかしそれはなんと、かれこれ3ヶ月以上持ちこたえている。これが裏地がハイテク素材でジャージ使いのウェットなら、ボンドで留め、夜なべして縫わなければならない。そんな暇は、多分、無い。

一つだけ、重要な点がある。仕立てだ。ジャージを使って縫わない分、作り手の裁断と接合技術で耐久性は全く違う。それを考え、本当に1年間、数百本着つづけていられるロクハンを売るお店というのは、実はそんなに無いのではないかと思っている。僕は、とある量販店で、ロクハンのワンピースをフルオーダーで2万弱で買い、50本で接合面が軒並み剥がれ、両腕が肩からスッポリ抜け、数日後、お尻はカッターで切ったように綺麗に接合面から割れ、1ヶ月で他のウェットの修理用生地と化したという、腹立たしい経験をした事があります。カメラのハウジングやタンク等、水の浸入を防ぐ手立てが、未だゴムの〇リングのままのように、ロクハンカブリも、これから先、どのようなウェットが出てきても、ずっと着つづけていかれるのでしょうね。

次回は仕立てについて、もっと詳しく書こうと思います。
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# by color-code | 2002-10-20 20:52 | うみのいろはそらのいろ | Comments(0)
エコロジスト
ある日、親子のダイバーがやってきた。子供は12歳の女の子で、なかなかわんぱくな子に父親は、笑いながらも手を焼き、水中では何処に行ってしまうか解らないので、その子のBCには何時も数メートルのロープが繋がれ、すぐ何処かあらぬ方に行こうとする我が子を手に持ったロープでヒョイっと手繰り寄せ、それはまるで、言う事を聞かない犬の散歩をしているかのようで、それが僕には、なんだかすごく微笑ましく、羨ましく思え、その親子の滞在中は殆ど一緒に潜っていました。 

その子は好奇心旺盛で、とにかく何処かに行こうとする。何でもとりあえず触ってみる。つついて大丈夫そうだと、遊んでみる。イモガイも持とうとする。父、慌ててロープ引っ張る...。こんな感じで潜っていた時、ちょっとした事件が起こったのでした。

この親子含め、数人の他のゲストと一緒に、ゴールドスペックジョーフィッシュを見ていました。彼女はまだ彼らを認識していないらしく、暫くキョトンとしていましたが、穴掘って、そこに住んでるんだよ。と教えた数秒後、いきなり彼らの巣穴を一心不乱に掘り始めたのです。何処からそんな力が出てるんだ?? という位、すごい速さで、素手で、深く、執拗に...。僕達は、あっけに取られ、ただ、見守るだけでした。数分も経ったでしょうか、彼女の周り、1坪ほどの砂地は、数個あった巣穴は見事に掘り返され、もうもうと砂煙が立っていました。彼女は悟ったようでした。もう見つからないと。彼女はじっと僕を見つめていました。

その夜、お酒を飲みながら、今日潜ったゲストと一緒に話をしている時、いつのまにか、話の話題は彼女の事になっていました。「あれはまずいよなぁ、10匹はいたぜ、あそこにさぁ。」から始まり、笑いを交えながら、彼女は、結局、最終的に「破壊王」という称号を、一緒に潜っていたグループから贈られたのです。

彼女は、日を経たずして、些細な好奇心から自分が今日取った行動が、数匹の生物に、直接手を下して死に追いやった事を知ったでしょう。それは飲み会会場の脇にポツンと座っていた彼ら親子の耳に、大爆笑で盛り上がっていた僕のテーブルの会話の中、今ここで伝わったかもしれません。でも僕は、彼女が今日したことは、彼女にとってすばらしい経験だと。この会場の中にいる人の中で、上手くいえませんが、彼女だけが何故か正常な人間に思えたのです。

僕のテーブルでは、未だ、笑い声と共に破壊王の話題が続いています。話し続ける数人のゲストの目の奥に、彼女に対する非難でも、嘲りでもなく、羨望が混じっている事にふと気付いた僕は、そっとグラスを置いて席を立つことに決めました。 勿論、彼女と話しに行くために。 僕は、まっとうなエコロジストとは、彼女のような人であると、今でも信じている。
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# by color-code | 2002-06-01 20:56 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)