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僕が鯨から学んだこと

あなたが近くにいることを、僕は知っている。
ふとしたときに。なにげなく感じ、不安に震えながら、それでもこの感覚を信じている。
遠い、近い、はもう必要ない。それを鯨達から学んだ。
いつだったか。彼らが確信へと変えた。
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冬の久米の海には鯨がいる。それでいい。
同じ海に居て、そしてこの世界で生きていることを、心からうれしく、いとおしく思う。
厳しい日々。つらいことや身悶える思いが続いたとき。それでも耐えることができる。
近さとは、距離じゃない。伝わっている。
近さとは、もっと果てなく広いものだ。
あなた方から、僕はとても大切な事を学んだ。

僕の鯨との出会いは20年以上前、グアムでイルカの群れを見たことが始まりだ。ダイビングの移動中の、幸運な出来事だった。初めての海外ダイビングに勇んで買った往年の水中カメラ「潜るんです」には数十頭の群れが不出来ながらも映り込んでいて、サービスサイズにプリントしてよく眺めていた。そして今から十数年ほど前になるだろうか。ザトウクジラに出会ってから、鯨に恋い焦がれた。少し狂った、といってもいい。
それ以来、カメラマンやスキルの高い、休日の取りやすい、言ってみれば選ばれた人々達にだけ、この体験が独占されていることに軽い憤りのようなものも覚えたし、それを様々な形で行動に移したりした。
本当に様々なことがあった。果てしない自分の欲と葛藤もした。今もしている。すべて素晴らしい体験だ。時がながれて、ザトウクジラの画像と動画は今、世界中にあふれている。しかし人生を変えてしまいかねない出会いの衝撃は今も変わらぬままだ。

現在、僕は積極的にザトウクジラを追うということをできる事ならしないようにしている。
断っておくけれども、鯨を見飽きる、ということはこれからもない。そんな人が居るのだろうか? とさえ思っている。それほどまでに魅力のある生物だ。
だからどうか、それだけ見続ければ、島に居ればもう満足だよな? という非難については少し待ってほしい。
自分でもいまだに遥か数キロ先のブローを見ただけで胸の高鳴りを抑えられない。ではなぜそうなったのかについて、僕が彼らから学んだ重要な出来事を話します。

きっかけ、それは今から10年ほど前のホエールウォッチングでの出来事にさかのぼる。その時は気づかなかったけれど、そこから始まっていた。
僕はそのころ水中での鯨、というものに憑りつかれていて、積極的にザトウクジラにアプローチしていた。泳ぐ彼らに併走し、場合によっては進行方向に進入して急停船したりもした。出来る限り近くで、そして水中で見ることによって何かを得られると思っていたし、事実得た。もちろん、その記録を撮ることに強烈な執着もあった。情熱というよりは執念に近い感情といってもいい。
今だから言えるけれど、僕の乗ったその船を周りからみたら、まるで黒々とした欲望の塊が移動しているように見えただろう。今でもそうした船はたまに洋上で見かける。これは既に生物と触れ合い、観察する船ではなく、写欲と接近欲が燃え上がる、鯨を狩る何かしらの塊になっているので、なんというかもはや船の形をしていない。乗船している人間からはわからないけれど、傍から見れば大半の人間がそう感じる事なのでそれは仕方ない。実際のところ、ホエールウォッチング船は鯨の大部分の生活上において、邪魔でうるさく、やっかいで何らかの危険性を孕んでいる。だからこそ僕達サービス提供側は、興奮の中にあってもその視点を捨てるべきではないし、その痛い一面に開き直ったり、居直ることは今後のウオッチングシ-ンの発展にも寄与しないはずだ。更にこれを人間的関係性に置き換えて鯨との語らいであるとか、許してくれた、という方向にもっていくのは暴力に近いし危険だと最近は考えているので、この点については常に自覚的でありたいと思う。もちろん僕も意志の弱い欲のある人間だから、しばしばこの暗黒面に囚われる。願わくばフォースとともにあらんことを。

さて、その時のウォッチング(という名の狩り)は幸運なことに、数名のダイバーの方々と一緒に数十秒のホエールスイム達成という最高のかたちとなった。数m先の水面付近をを10mオーバーのザトウクジラがゆったりと通り過ぎる、絶好のシチュエーションだった。
ボートに上がってきたゲストの興奮と達成感に満ちた笑顔たるや、これはとても言葉で語りつくせない。ただ一人のゲストをのぞいて。その人は上がってきてからも、明らかになんというか、表情もなく、きょとん、としていたのだ。不思議に思って話しかけた僕にそのゲストは衝撃的な言葉を返す。「鯨はどこにいたんですか?」
彼女には鯨が見えなかったのだ。僕の隣にいたのでフィンの泡で視界がふさがっていることも、視力が悪いわけでも、初めての海なわけでもない。しかし事実見えなかった。彼女の生きる世界では、鯨は目の前から忽然と姿を消していた。僕はまったく訳がわからなくなって、その時、この興奮を共有できなくて不満だ、というとても独りよがりな感情すら持った。
この出来事はある考えを始めるきっかけとなった。本当はもう少し冷静になってこのことを考え続けていれば、もっとずっと早く気づけたはずだった。

それから数年時がながれ、それをはっきり意識させるいくつかの体験をした。その頃から僕はホエールウォッチング時にはできるだけエンジンを切り、ただ水面上のロープか梯子につかまり、鯨を待つ。という方法を試していた。彼らが近づくか、離れるか、について選択権は彼らにある方がいい。それを実践する為に必要なことと考えたからだ。エンジンをかけて船を走らせて追い、併走したり進路上に入るわけではないので大きく成功率は下がるが、その手法でいくつかの素晴らしい出会いを体験した。
今現在も、僕は観察時、特に接近時にはエンジンを切る事を望んでいる。ちいさな、陸上でしか生きられない私たちが、機械の手を借りず、波と風の音だけで漂う。彼らと同じ海の広さを感じるには、これは必要なことであり、他の更に有効な手段は今のところない。そしていつも探している。

さらに時は経ち、彼らの感覚が自分が想像するよりはるかに高いことを知った。それは水中に集音マイクを入れ、有名な彼らのソングを皆で聞いていたときのことだ。その時観察していた2頭のザトウクジラは数百m以内、おそらく150m以内の水深十数m付近にいて歌を歌っていた。ブロー間隔は数分と短い。ただし透明度は10~15mたらずなので、やみくもに入って水面に居てもまったく見えないといっていい(シュノーケリングで探す方法はある。しかし様々な理由からそれはこの状態ですべきではないとその時の僕は判断した)。逆に彼らが水中からこの船を見上げていたとしても、本当に真下付近からでなければ見えないだろう。そんな状況だった。僕はふと思いついて、ゲストの一人に梯子からゆっくりと足を入れ、そのあと掴まったまま水中を覗いてくれないか、と頼んだ。快く応じてくれたゲストが下半身を海中につけて海を覗いたその時、変化は起こった。
集音マイクから聞こえていた歌声に突然、「...?」 というある種の感情を持ったわずかな間が入ったのだ。その間のあと、すこしためらいがちな調子が続き、そして歌はゲストが身体を水に浸ける前とは明らかに調子を変えて歌われだした。更にしばらくして、ゲストがボートに上がってしばらくの後、歌は以前のものに戻ったのだ。彼らには僕たちがすべて見えていた。人間ひとりが静かに身を沈めた。その些細なことをすべて感じ取っていた。おそらく更に多くの自分たちの行動に伴う音も聞こえてもいただろう。知らなかったのは僕たち人間のほうだったのだ。風と波音だけが響く洋上。甲板下に広がる海の巨大さと歌の力強さ。知られ、感じ取られていることへの安堵感と恐怖。時間と距離が海に浮かぶ船の上、ぐにゃりとうねった。

この事が、昔数mの近さまでザトウクジラに近づき、そして見なかったというあの女性ゲストとの事をようやく繋げた。今まで僕は彼らを執拗に追い、ルールやマナー、といった人間の都合に付き合い葛藤しながら、彼らが接近を(状況的に大丈夫だと)許してくれた、ということを、とても人間的に解釈し、結果近づき、その巨きさに、瞳に感動し、焦がれ、少しだけ狂った。
彼らがいままでずっと、様々な出来事を通じて強く示唆していたことは、実はそうした過程を経た体験からは得難いものだったのではないだろうか。少なくとも近い、遠い、は物理的な長さや時間、大きさや数字ではないという、ものすごく当たり前のことだが大切なことを、彼らは普通に、ただただ、生きることで示していたのだ。それに気づいたとき、電撃に打たれた。目の前にあったのに、今まで僕は見る気がなかった。今はこれをはっきりと感じ取ることができる。

十数年間を通して彼らから僕が学んだ多くのことのひとつです。そして大げさではなく、まるで無刀、といった奥義の一端にも通ずるようなことを、ただただ生きてそこに居るだけで示していたことに、ある種の恩義を感じてもいます。僕は多くの事を受け入れる準備が無いし、まだまだ偏見に満ちているから、果たして蟻や鳥からこれを学べたかどうか、まったく自信がない。ただ彼らとの関係性を、こちらの都合だけではなく、もっと豊かなものへと変えていけたら素晴らしいなと願う。そしてこれは教えてくれた鯨には申し訳ないけれど、これはまず、人とこそ分かち合うものだ。
冬のこのシーズン、島を訪れ、鯨を観察する機会に恵まれた方々へ。そして僕自身へ。できることなら抑えがたい欲望をコントロールする冷静な情熱をもって、波と風、水中の無数の生物のささやきと共に、彼らを感じていきたい。いこうよ。

by color-code | 2014-02-13 13:10 | クジラ・イルカ | Comments(0)

沖縄は久米島にある小さなダイビングサービスです。


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