サフィリナに魅せられて-世界はハニカムでできているかもしれない-
2015年 12月 03日
壊れにくいし安価に製造出来、広く使えること。それを求めてゆくうえで非常に有効なのが正六角形を組み合わせた形(ハニカム)で、現在は人間社会のたとえば車両や航空機、遮音性や断熱が求められる各種ドアや衛星などなど、多くの場面でハニカム構造が利用されている。この構造は都合のいいことに遮音性と断熱性も高いので、今後建材にも急速に普及してゆくだろう。
この教科書はいつもながら自然界にある。雪の結晶や鉱石、久米島の畳石、蜂の巣はもちろん昆虫の複眼、亀の甲羅もそうだ。
海の生き物もカンザシヤドカリやモンハナシャコ、フリソデエビやキンチャクガニだって、皆眼がハニカム構造になっている。
ハニカムの奥にさらに小さなハニカムが。もう曼荼羅の世界。
ヒトデの表皮やサンゴのポリプの形にも正六角形は使われる。
どちらかというと六芒星に似ているサンゴのポリプ。
海洋生物の中でみられるハニカムのなかで最も魅力的なもののひとつが、カイアシ類のサフィリナの外殻だろう。
皮殻は緻密な何層ものハニカム構造で構成され、受けた光を様々な色で乱反射する。人間に見えない紫外光を反射するため時に透明でもあり、多種多様な色に変化する。
引用:東京大学大気海洋研究所 国際連携研究センター
関連論文:Chae and Nishida, 1994. Integumental ultrastructure and color patterns in the iridescent copepods of the family Sapphirinidae (Calanoida: Phaennidae). Marine Biology 119: 205-210.
一番上のハニカムが見える。これが幾層にも重なって皮殻を構成している。
美しく乱反射する皮殻。透過光をよく観察すると、層状になっていることを想定させる影が浮かび上がってきた。
このサフィリナが瞬間で消え、そして現れ、オーロラのように光を変えてゆくさまは本当に息を呑む美しさだ。
自然界にあるこの不思議な暗号に昔の人間も古代から気づき、神聖で力のある形として敬意をもって接してきた。正六角形は六芒星でもあるのだが、歴史のさまざまな時代で先人達もそれを知っており、あのダヴィンチコードでも書かれたように、レオナルド・ダヴィンチもその形と数値の真理を熟知したうえであの有名な人体図を描いている。沖縄博物館で見た琉球王朝の最高神女、聞得大君の衣装の胸の真ん中にもそれはあった。
しかし意図的に道具や建材、乗り物に利用しはじめた歴史は意外と浅く、第二次世界大戦後かららしい。用途はもちろん、軍用から始まった。最先端は新素材、カーボンナノチューブ。これは炭素原子がハニカム結合したシート状のものが更に筒状になったもので、が鋼鉄の数十倍の強度を持つ。そしてQカーボンへと続いてゆく。こうして次々と革新的な技術は続いてゆくのだけれど、基本的には世界の中のあるものを再発見しているのが人間の科学技術というものなのだ。私たちは今、この世界の神秘への敬意がすこしだけ不足しているかもしれない。
ところで海洋生物だけではない。人間の皮膚もまた、サフィリナの皮殻と同様に多面体の多層構造をしている。そんな馬鹿な、と思う方は様々な化粧品メーカーのサイトをご覧になってほしい。既に引用させていただいたサフィリナの皮殻の顕微鏡写真と積層構造の図表が、化粧品メーカーの美容液の効能解説の図表と酷似していることに驚くだろう。僕も今まで漠然と見ていて見落としていたのだけれど、サフィリナを見だしてから今更ハッと気が付いた。
健康な人の角質細胞はゆがみのないハニカム状で、水分を良好に保持し、きめ細かく滑らかで、ゆえに様々な細菌やファンデーションなどの毒に対しても強い耐久性を獲得している。
なんだか化粧品メーカーの回し者のような話になってしまったが、世界はまだまだ六角形の不思議で満ちている。明日はどんなハニカムが見れるだろう。しかしまずはこのささくれだった自分の肌をなんとかしないと…。