イタイいきもの
たとえばトレッキングツアーなるものに参加したと仮定をしてみる。標高1000m付近から森林をめぐり、ガイドから植物相から生態系について時折解説を聞きつつ、日中の一日を楽しむのだ。その時僕は、ガイドの解説の何に、いったいどの様な言葉や物腰に、興味深く反応するのだろうかと考えてみる。まず容姿が良いことは言うまでもなく喜ばしい。広範な知識と技術。ウィットに富んだ巧みな話術がそのガイドの価値をより高めるだろう。そして表には出ないが強靭な体力。挙げればきりが無い。いろいろな問いが頭をめぐっているが、とどのつまり、これは自分自身に向けられた、ガイドと名の付く人間に求められる資質の根底の部分に対する問いそのもの。

その時僕は、そのツアーガイドに何を求めるだろうか。木々の名前のひとつくらいは、その巨大さや、紅葉の色の綺麗さなどと共に、数年のあいだ記憶に留まり続けるだろう。しかし数十の名前は、ものの数分で頭から消え去る。では、この白樺の樹皮は、ぶっちゃけなぜ白いのか、なぜ故白くあらねばならぬのかについて、学術的に広く認められた事実でなくとも僕は良い、たとえ力技で話の中に妖精すら登場してでも、ほんの数分、皆に語りかけてくれたガイドが居たならどうだろうか。その鮮烈な白のイメージと共に、そのツアーの記憶は頭からきっと去ることはないだろう。さて、わが身を省みて、ダイビングにおけるブリーフィング、ガイディング、ロギング。ガイド業は、俗世を捨てた刀鍛冶ではない。人間離れした技術があろうが知識があろうが、どちらが欠けてもバランスが悪い、容姿も全身タトゥーや落ち武者風では論外だし、どうあろうが話がヘタではその技術や知識のかなりの部分は、残念ながらドブに捨てたも同然である。背中を見、言外を悟ることが品の高低だった時代はもはや現代史からすらはずれた。さて、ダイビングサービスに求められるガイドの資質のあまりの高さに、おもわず天を仰ぐばかりだ。はっきり言う。無いぞそんなの・・・

絵が上手いガイドはとっても素晴らしいとおもう。僕にほんの少しの絵心と、可能ならば足のみ、あと5cmの身長と、伊豆あたりに別荘を持つ両親とピアノを弾ける大きな手があったなら、もっと人生は華やかで楽しいものであるはずだが、僕のDNAはそのような事態からかなり離れているし、ロギングに至っては、魚の話をしているうちにどんどん違う方向に話しが行ってしまう。いろんな近しい人から言われるが、僕は話を脱線させることに関してだけは上手いのかもしれない。少しヘコむがそんな時、僕は同じくそんな恵まれない(これは推測)人たちと一緒に、たまにログブックに絵を書いて遊んだりしている。今回は、2年にわたって開催された、「ナポレオン選手権」の、ちょっと信じがたいログを、恥を忍んでお見せしようと思う。いや、これはもやは、ログではないのかもしれない。趣旨は簡単で、皆さんもよくやっていると思うが居合わせた自称画伯、が数名、絵の上手さを競うだけである。シマヒメヤマノカミを一目瞭然に書けと言われても困るが、ナポレオンで困る人はそうそう居ない、という主催者(僕)の心優しい配慮で題材は決定。第1回は昨年2004年の夏に、これまた驚いた事にガイドを交えて開催された。エントリーは4名、そして仕上がりはいかに・・・?

【2004年第1回ナポレオン選手権 -エントリー男性3名・画伯1名-】

【27歳男性】
a0060407_843030.jpg

魚というよりは、こういうオジサンが確実に実在しそうに見える。いや、積極的に居ると断言したい。そのせいか一瞬親近感が沸き、本当は上手いと錯覚させる絵である。お人よしの人物なら、味のある絵と表現するか・・・遠慮は要らない、ヘタと言ってしまおう。


【25歳男性】上
【33歳男性】下
a0060407_8434188.jpg

この2点はまぁよし、といえなくも無い。これをナポレオンとわからない人はダイバーで多分居まい、多分。まっ、及第点といったところではあるが、点数で言えば、店を出て数秒で味を忘れる評価点50点のラーメン屋と同じく、どうにもパンチに欠ける。この二人はこの企画の趣旨を履き違えていたようだ。こう暗牌ばかり捨てていては、数万年かかっても選手権には勝てないですぜ。


【画伯Y嬢33歳】
a0060407_84426100.jpg

・・・・ひどい・・・乳幼児がよくこんな生物を書いていた。数年前も、確かにうちの社長の子供が、こんな生物の群れを書いていた記憶があるので間違いない。筆のタッチが絶妙に良くて、大人には真似が出来ない絵である。実はこの絵を描いている間、終始この画伯の袂には、ナポレオンが大写しされた図鑑があったはずなのだが、いったいその何を真似たのだろうか?


記念すべき第一回は、まずは順当に、画伯の勝ちであった。頭のネジが外れたダイバーが、経験本数に関わらず実は意外に多い事に、一同素直に感動しつつ、選手権は閉幕する。ここでひとつ発見。これだけひどい絵を描いている全員が、自分の絵の技量を誰一人として疑わず、自分が一番上手いと声高らかに主張するのだ。まさに五十歩をもって百歩を嗤うそのものであるが、そんな事は、選手権中は皆、酒も入っているせいか誰も気がつかない。そして一年後の今夏、君臨する画伯へ挑戦する有望なチャレンジャーが数名現れたのを僕が見逃すはずは無く、数段レベルアップされた第2回選手権は開催された。正直見るに耐えない・・・・・。



【2005年第2回ナポレオン選手権 -エントリー男性2名・女性2名・画伯1名-】

【30歳女性】
a0060407_8433850.jpg

・・・!? いきなり超新星の登場であった。ヤバイ・・・この人・・・。彼氏が知ったら別れるのではないだろうかとすら思う個性的な筆運びである。 初登場にして既に魚類離れしたこの作風に、ダークホースの雰囲気をビシバシ感じ、久々の逸材登場に、一同驚きの声を隠せない。しかも尚、彼女は勝ち誇ってこう何度も主張したのであった。「私はヒレのところに線を入れたの、これが魚の印で、ナポレオンって事なのぉー!!」・・・あのぉー、その線とか、多分棘のことですね・・・? そのこだわりの前に、輪郭の問題だと思うんですけど・・・もしかして、小型哺乳類描いた?? 彼女は現在タンク本数200本を迎えた。合掌・・・

【41歳男性】
a0060407_8442349.jpg

おぉぉぉー・・・一同から、95%ねたみが入ったブーイングが鳴り響くが、その数秒前にカンニングをしていた事実が判明。再び一同、鬼の首を獲った様にこの男性を責める。ナポレオンのようなイージーな題材で、図鑑を見るとはいったい何事であろうか? この時点で彼の敗北がほぼ決定。

【30歳女性】
a0060407_845229.jpg

一同しばし無言・・・。実は彼女は無敵画伯の友達・・・やっぱ、ネジ飛んでると思います、申し訳ないですが。これを素で見せられて、ナポレオンと答えたら、その人の頭もかなりゆるゆるなはず。でも彼女は、「えぇぇー!? 似てるぅぅー、これぇぇー!」って・・・、絶対似てねぇー。敢えて言うなら・・・イルカ・・・? 俺も頭ダメかも・・・・

【34歳男性】
a0060407_8454081.jpg

うぅぅーん、微妙・・・。こういう厄除けの置物は居ても確かに不思議ではないが、水の中のものかどうか・・・試しに頭の中で塗り絵をしてみる・・・間違って肌色に塗ってしまう・・・ウウォー、グロい・・・

【無敵画伯Y嬢】
a0060407_8461358.jpg

・・・!!!!!
これは魚類という枠を、もはや大幅に外れてはいまいか・・・僕には鳥に見えるが、見た瞬間一同爆笑してしまい、うひひひひ・・・・鳥っていうか、いねぇーよ、こんな生き物。ねーねー、画伯、一応ナポレオン選手権なんだけど。だめ、無敵、完敗ですよ(笑)・・・

更にパワーアップ(退化)して終了した第2回選手権であったが、相変わらず参加者全員、自分の絵が一番と信じて疑わないところだけは変らなかった。人をけなすのだけは進化している。バァーカ、バァーカの連呼である。あ、それ退化です・・・。


さて、非常に後味の悪いものをお見せしてしまったので、少し和んでいただこうと思う。お見せするのは畏友であり、潜り仲間である、通称(?)中年お絵かきダイバーこと、堀井画伯のログである。僕は氏のログの熱心なコレクター。

a0060407_849483.jpg


初めて見たときは衝撃だった。これだけの、手の平に収まるほどの狭いログに描き出される海洋世界は、まさに夢の国の出来事であり、そこに居合わせた全てのダイバーが幸せであったと確信させてしまう力に満ちていた。この一千枚を超える作品を見れば誰でも、心は世界中を心地よい風と共にめぐることが出来る。そしてなにより実際、氏と一緒に潜る海は、毎回ファンタスティックだ。僕は彼と潜る年間のうちの数本が、いつもとても待ち遠しい。


ログにサインを求められたら、それを認証する義務が担当ガイドにはある。そしてそこから先は、無限だ。なにも魚の名前を読み上げるロギングタイムでなくとも良いではないか、良いではないかと悪代官のように囁きながら今日も魚の名前の殆ど無いログにサインし続ける。これは僕のガイドの質の低さの証明であるし、もっと猛省すべきだ。でも今、心の中で何かが違う、少しだけ違うと叫ぶ声が聞こえるし、なにより僕はこんな素晴らしい人達と毎年潜れて幸せですよ。堀井画伯、今年も秋宜しくお願いします。無敵画伯Y嬢、来年こそは・・・勝つ!! ・・・ってオイ、勝つのかよ、ガイドなのに・・・。
[PR]
# by color-code | 2005-09-25 08:41 | Comments(0)
体験ダイビングにて
久しぶりに体験ダイビングをした。16歳の女の子だった。
無理したら娘の年なのだけれど、普通にかわいい・・・ここらへん、もう完全にオッサン。

このこがなかなかにパンチの効いた奴で、仲間の大人から別れて車に乗ったとたんに、タバコすっていい? といいながらセブンスターをぷかぷか。吸ってる銘柄が泣かせるので即許してしまうが、その数分後ポイ捨てしやがるので停車して厳重注意。名古屋市内に住んでるらしいが、コンビニでも何処でも、大人も子供もみんな、ポイ捨て当たり前だから私もしてたー、と反省の弁。おいおい名古屋ってばまだそんな事してんのか? そんな町だと心がすさむだろ? この島をそうしたいのかー? とさらに追求すると、そうだねー、すさんでるわ確かに私・・・、と思いつめはじめたので、話題を海に変えた。

ビーチで講習、ウエットスーツに着替えてもらおうと水着になってもらう・・・・背中全面に真鯉と金魚がカラーでいらっしゃいますぜオイ・・・。みとれていたら、痛かったんだよぉー、と、はにかみながら話す。去年までは気ぐるみ着て歩いていたが、今年からこれ、らしい。ってアナタそれ、取れないやつ、よね? ウン! と彼女断言。

一緒に来ていた男性はダーリンと言っていた。パパと同義語であろうと思われる。お父さんではなさそうだ。彼氏は名古屋でやさぐれてるらしい。貰ったという巨大なネックレスを大事だから、といってウエットスーツの時も取らないしぐさや、ビーチを写メして彼氏に送っている様子はそれはそれは楽しそうでした。でもこの歳で凄いよなー、濃密な性、基、生だよ・・・と、逆にこっちが感慨にふけってしまう。携帯の待ちうけは、なんとか連合と書いてあったが。その後、体験本番は無事大成功した。

さて本題。帰り際、ホットスパーに立ち寄って、名古屋でも使えよと、携帯灰皿を買ってあげた。彼女は嬉しそうにうなずいて、最後握手して別れた。しばらくして気がつく。プチ援助しちまってねーか? 俺。なんかその手の事にハマりそうな性格なんではないかと、ちょっと悩んだ。
[PR]
# by color-code | 2005-09-21 23:00 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
学生合宿
今日も飛行機が欠航続きで、学生久米に逆戻り。
が、夜が不安だ。楽しい彼らではあるが、そろそろ運も尽きるだろう。が、仕方がない。自分も言えるような人間じゃないが、久々の劣悪大学。あぁ○○よ、いつからそんなに場末になったのだ・・・

僕達もホテルサイドも島の人間も、初日から一貫して、当然だが一応彼らをゲストとして、大人として接しながらも、日本の将来を背負うのだから出世払いよ的に、料金だけは子供にしてきたのだが、彼らはまだ子供として扱ってもらいたいらしいので、ホテルの支配人およびスタッフ共々、朝からは指導が必要なアホガキとして扱うこととなった。

・「狭い」公のスペースに荷物を散乱させる、座り込む、寝る、時間守らず。椅子はおばぁに譲らず。

・他人のキビ畑に入り込んで深夜火を焚きながら肝試し。ホテルから布団も持ち出し泥まみれに・・・ハブが居るからマジで危ないと言っても聞かず。

・ダイビングもしていない到着日の夜に既にビーチで大打ち上げ&二日酔い。ダイビング初日遅刻泥酔者続出。当然片付けはずさんなのが目に見えているので、早朝スタッフ総出のビーチ清掃。

・厳重注意後の次の日はホテルの廊下で大騒ぎ呑み呑み&ベッドで寝ゲロx3名・・・・布団肝試しに続きまたもや3枚逝く。

・居酒屋に夕飯を40人分注文し、1000円の定食を700円にまけさせたまではいいが、更に酒を持ち込んで飲んでいることが発覚。お金が無くて・・・の弁。その後全員でボックスに。なぜだ?

・そして今日の帰りの朝6時、ホテル前に行くと簀巻きのように玄関の前に横たわっている女が3人・・・泥酔。「こんなんじゃ飛行機乗れないから乗りたくない・・・」とのこと・・・。


あなたたちは、今日あたりオトコは大陸的窃盗団にケツの毛までむしられて、オンナは現地のオトコにまわされてしまいなさい(こんなやつは誰も相手にしないが)。それで2年後くらいに若い時はイタい目にあってぇぇー、ってずっと言ってろ30過ぎまで。まだまだあるが、あぁー、なんせガキ共のすることなので、仕方ない。せめて思いっきり烏合の衆の執行部に説教することに。世の中の大学の部やサークルは、こんなやつらだけでは決して無いことを良く知っており、中にはこのガキ共の空気にただ流されているだけの子達も明らかに見えるだけに、それがなおさら痛ましい。

これを言ったらおしまいよというか、僕が言えた義理では絶対無いのだけれど、ダメ大学生のダメ合宿のかなりの割合の要素は、「酒の飲み方」なのだ。ホドホドにしとけと言ってるのではない。たとえ泥酔していても、OKな学生の飲み方というのは、多くの大学を見ていると如実にわかる。というか、つきあわされるので身体でわかる。しかしこれはもう変らねばなるまい。思うけど日本人のかなりの割合の人間は、酒に対してダメなんでしょうね? 錯乱するか不快になるかよくわからないけれども、そんなのを強いる風潮はもう犯罪だねーと思いますね。上司がよく言う、まぁ1杯くらい付き合いなさいよ、これもう罰金取ったほうがいい、だって、↑みたいなガキ共がまねして面倒じゃないですか・・・・
[PR]
# by color-code | 2005-09-05 22:56 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)
エイサー
一年中、ほぼ毎日ダイビングガイドをしている僕が水中で撮影に使える時間は、ここの読者の皆さんの平均よりおそらくは少ない。そんな貴重な撮影機会なのに、とかく数撃ちゃ当たるが座右の銘のような、とても非効率的な撮り方を未だにしているのだけれども、それは仕方が無いのかもしれない、僕は一撃で仕留める匠の技など持ち合わせていないのだから。さて、今回も海の中、ではないものだから、そろそろお叱りを受けるのではないかと内心ビクビク、しかし僕にとっては海の中と同様に大切であるので、出稿の許可が続く限り、年に一回は登場させねばなるまいと思っているのです。どうかご勘弁いただきたいとおもいます。
沖縄に来てはじめて触れてから数年。居あわせた者の心を激しく揺さぶる、このエイサーが好きだ。少し紐解くと、チャンプルー文化とも言われる沖縄のあらゆる面をも凝縮しているように思う。旧暦の盆に各集落で念仏にあわせて踊られた慣習に端を発したと伝えられるが、伝統的に祖先、先輩を敬う精神的な土壌を根に持ちながら、音楽、衣装、構成、踊り方に至るまで、ありとあらゆるものを取り込みながら今も変化し続けている。獅子舞、能面、琉球空手や和太鼓をはじめとして、内地を含む大陸の様々な文化や、時には洋楽まで柔軟に取り入れながらも、ふたを開けてみると、エイサーでしか在り得ないのは、彼ら琉球の人々の天才的なバランス感覚と他の文化に対する柔軟な姿勢、何より根底に琉球人であることの誇りがあるからに他ならない。省みて内地の盆踊りを思い起こしてみれば、婦人会の方々が舞い踊る最中、氷川きよしは十分にアリだろうし、マツケンサンバもギリで問題ないだろう。では猪木ボンバイエが流れたらどうか、それはドリフのコントになってしまう。エイサーを観ていると、そんな離れ業をこともなげにしているように見えてしまい、はやりたまらなく素敵なのである。
a0060407_11484732.jpg

中でも僕が一番惹かれるのは、旧盆のさなか部落の広場で行われる、旗頭を先頭に、数人の地謡衆が三線を弾き歌い、チョンダラー(道化)等が居る典型的なエイサー。音がどこからともなく聞こえ出すと暗闇から道化が先頭に立ち、彼ら踊り衆たちを舞台に招き入れてしばらくすると、いつの間にか踊り衆は渦となって一体となる。曼荼羅が無限の円の集まりであるように、エイサーの動きも無数の円の集合で出来ている。輪になって踊り、廻り、手足は大きく弧を描き、その先にある打楽器もまた円形だ。時折鋭い鋭角な動きが入る。これも最近気づいたが、獅子舞もそのように動くし、琉球空手の演舞が挿入される演目を見ていると、その手足の動きの相似に驚いたりする。なにより印象的なのは、その舞踏自体が始まりと終わりが無い形式をとっているのだ。踊り衆は暗闇からはるか遠くの音とともに現れ、そしてしばし群衆の前で舞うと闇に姿を隠し、音が遠くなり、そして聞こえなくなる。しかしその舞踏に終わりは無い。そう、終わったのではなく、聞こえなく、見えなくなったに過ぎず、私達の眼には見えない、聞こえないところで彼ら達は今も舞い続けているのである。これもまたひとつの円であり、時空の螺旋なのだ。ルーツが踊り念仏という信仰要素の色濃いものであるだけに、この事を非常に興味深く思う。エイサーだけではない、昔見た祭囃子の記憶をたどっていくと、およそ考えられる祭りの全てにこの要素は深く入り込んでいると気づく。そんな事を思いながらファインダー越しから踊り衆を見ていたら、数百の紅い風車が視界一面に廻っているような錯覚がしそうで、少し怖くなって眼を逸らした。
奉納の要素が色濃い、とある地区のエイサーが僕の最近のお気に入りで、ひときわ眼を引くのがここの登場する道化衆の中のおそらく最年少の少年である。彼らは、踊り衆を舞台に招きいれたあとは、踊り衆や観客をはやし立て、酒を振舞い、往々にして邪魔をし、おどけてみせる。つまり酒を振舞う以外、大して役立たないのだが、それが道化というもの。が、多分数年現れ続けているこの少年、全くもって何もしないのだ。酒も持たず、注がず、笑わず、邪魔もせず、ただ歩き、時に立ち尽くしている。踊り衆でもなく、道化衆ですらない、この少年こそ実は完全に番外が故に、非常に目立つ。
a0060407_11515155.jpg

この日もこの少年から何故か眼が離せず、暗闇にゆっくりと消え去る間際にたった一度、腕をゆっくり振り上げ掲げたこの所作を見たとき、実はこの方こそ衆たちを引き連れてきた何かの化身のように思えたのだった。
[PR]
# by color-code | 2005-09-01 11:45 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
Face








a0060407_123043.jpg

大好きなイシガキカエルウオの子。白い体に白い岩、体長2cm・・・難敵でした。
[PR]
# by color-code | 2005-08-08 12:01 | Comments(0)
嫌いな彼らについてかんがえる
生けるもの全ては、何かの縁で繋がっていて、不必要な存在など何一つ無い。僕はこの意見を信じたいと思うし、共生の意味するところはそういうところだろうと思うと共に、こういった考え方への理解は、今後の環境というキーワードにおいて、主要なテーマでもあるのは、能天気な僕でもなんとはなしに解かる気がする。でも道徳心もあまり持ち合わせていないので、悲しいかな今すぐ絶滅しても、一向に構わない生物が居る。ゴキブリとオニヒトデ、この2つだ。正確に言えば、彼らも数十種に分かれているので、二種ではなく、おそらく数百種になるが、もしそうであるならそれらまとめて、で構わない、ということだ。普段自分を含め、かなりの割合の人が思い、そう言っている事をよくよく整理して、こうして言葉にしてしまうと、普段何気なく感じていることのあまりの殺伐さに、身震いが起きる。一方的で、歩み寄りも無く、検証のかけらも無い、僕はエゴの塊。でもこういう感情に鈍感になったり、言い訳したり、正当化したりすると墓穴を掘るだけなので、自分の黒い部分なのだ、認めよう。と、無理やり言い聞かせる。生理的にダメ、という拒否感情は誰にでもある。しかし、ここまで多くの(大多数の)人にそう思わせる生物はそうは居ない。オニヒトデを、ここまで憎むのは何故なのだろう。彼らを眼にするやいなや、無条件に湧き上がるこの不愉快な感情は、ゴキブリを見たときのそれとほぼ同じに思えるときがある、何故だろう。 形はいかにも周りに危害を与えそうに見え、そして実際与える。毒々しく赤く、実際毒が強い。動きも優雅からは程遠く、群で蠢いているところなどを眼にすると眩暈がするし、生命力は唖然とするほど強い。今思ったことを羅列してみたが、やはり多くの点で両者の特徴は一致する。でも、例えばオニダルマオコゼやヒレボシミノカサゴなどは、かなりの部分で一致する特徴があるのに、彼らにそのような不愉快さは無い、何故だ。
a0060407_11563843.jpg

一言で言うなら、彼らには圧倒的に、そう、節操が無さすぎるのではないかとも思ってしまう。あまりに生命力が強く、増えすぎ、不気味に規則正しく密集し、食い尽くす。途中で止めず、譲らない。増殖を止める手段はおぼつかず、僕達の認識しているところの尊重、協力、控え目、その他均整、そういった事柄が彼らの生からは欠落しているように思えてしまう。書いていて、気がついた。これは多くの危険な病原体の特徴とあてはまり、そして何よりそう、これは人間の説明ではないか。そうだ、僕には発生したときから、秩序も節操もなかったのかも知れない。彼らはまるで、鏡に映る自分ではないか。それゆえに、特別に不愉快なのかもしれない。
この世に不必要な存在など、あるとは思えないし、実際、オニヒトデや僕達、ゴキブリや様々な病原体は、要らないのだろうかといえば、それは明らかに間違い。でも・・・。 最近、とある本を見ていて、深海の暗闇の中、不気味に規則性を持ちながら一帯を埋め尽くしながら広がる、クモヒトデの仲間の写真を見たときに、なにか本能的に恐怖した。数百m上空から渋谷駅前を俯瞰したような、奇妙な生命感。生物の本来の姿は、実は僕で言うところの節操の無さを根源としていて、今、自然と名づけ、もてはやし愛でている、危ういバランスを保ちながらお互いが支えあう生態系の状態、これは幻想なのかもしれないとさえ感じてくる。存在しえたとしても、この時空の中ではどうやら少数派にすらならなそうではないか。昨年、20万人を消し去ったあの津波から一夜明けたそのあくる日から、私達は同胞すらを狩るではないか。傍観する僕達は、それを愛の名の下に承認しかかっているし、そしてするだろう。波にゆっくりと飲み込まれる町並みに暗躍する人々が、ダブって写る。
今思い起こせば、この感覚は、昨年のドキュメント映画、ディープブルーの映像を見ている間、終始続いていたものと何故か同じ感覚であった。僕は今、この巨大な海のスペクタルを興奮して観ながら、心のどこかで、異次元に、自分には知りえない組成で出来たかの様な何者かの群れに恐怖している。しかしそれもまた、鏡に映る自分なのだ、同じように等しくか弱いのだ・・・もしかしたら、その映像は最後にそうささやいたのかもしれない。しかし、心も身体も、なにか割れていたそのときの僕には、その囁きはほとんど聞こえなかったらしい。
a0060407_11572923.jpg

だから、僕達はこの世界に居てもよい
だから、彼らはこの世界に居てもよい
この嫌悪は僕自身に向けられたもの
でも存在していてもいいのだから
こんな生きにくい考えは改めなければ
彼らが特異な存在で無いように
僕らが特別でないように
[PR]
# by color-code | 2005-08-01 11:53 | 豪海倶楽部記事 | Comments(0)
よく考えれば20年ぶりに
風の谷のナウシカをDVDで観た。

実は僕はかなりのアンチジブリではあるが、宮崎氏は嫌いじゃない。っていうか好きだ。顔も押井氏よりはいいと思う。

好きな映画にはある種類があるのかもしれない。何度観ても、勇気づけられたり、考えさせられたり、笑ったり出来る作品と、一生のうちの、とある時期にたった一度触れるからこそ傷となる作品と。

この作品は、僕にとって明らかに後者だったことになぜ気がつかなかったのか、いや、気づいていながら何故観たのか、少し後悔した。
[PR]
# by color-code | 2005-07-04 22:58 | ねじれ頭がぷかぷかぶーん | Comments(0)